楽しく生きる方法

 

おじゃまします。らいむぎ(@rye_enjoy)と申します。

 

今日は楽しく生きるためのヒントを書き記します。

 

先日、フラリと図書館に寄った際に手に取った本の中で、面白くてつい読み込んでしまった本がありましたので、その本から一部を引用した上で、少し書き残します。

 

今、双極性障害を患っていると知った自分にとっては、学ぶところが大きかったです。

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以下、『楽しく生きる』 東京医科歯科大学 高橋先生 より一部引用です。

 

引用

 

満足、暖かさ、潤い、明瞭さ、安定、柔らかさ、安心、清潔、うれしさ、喜び、尊敬、感謝、興味、勇気、期待、希望、調和……、心の中にこんな「快」感情がやどっているときに、私たちは楽しいと感じ、

逆に、不足、冷たさ、鈍さ、固さ、不安、不潔、落ち着きのなさ、怒り、悲しみ、空しさ、抑うつ、焦り、自責、軽蔑、嫉妬、執着、怯え、臆病、無関心、絶望、不調和……と言った「不快」感情が湧いているときに、苦しいと感じる。

 

 私たちの毎日の生活のあらゆる動きを作り出しているものは「欲求」である。それは無限のエネルギーを生み出したり、心に満ち足りた気分をもたらしたり、脳の神経細胞のネットワークを組み上げて新しい認識を広げたり、環境を組み直して快適な生活を作ったりして、私たちの人生全体を創造している。

欲求が生まれ、動き出し、目的を達成すると、一つのサイクルが終わり、動きは止まる。すると、次の欲求が生まれ、新しいサイクルが始まる。この繰り返しが生命活動である。

欲求のサイクルが始まるところは心の奥底の透明な「意識」、ただ私がそこに「いる」だけの場所である。

欲求は心の奥底の何もないところ、無から生まれる。欲求の内容や性質、強さは昔の記憶や、喜び、悲しみ、あるいは友人からの誘いなどによって影響を受けるが、生まれてくること自体はだれからも影響を受けない。

馬を川辺に連れて行くことはできても馬が水を飲みたいと思わなければ飲ませることができないのは、私たちが他人の欲求を作れないからだが、私たちは自分の欲求も勝手には作り出せない。それは自然に私の「意識」の中から生まれてくる。

 

「欲求」は生まれるとすぐに自分を実現しようと動き出すが、欲求を生み出した「意識」はその動きに巻き込まれることなく、いつも欲求からは離れている。欲求が実現するとそれは心の中に満足を残して再び意識の中に消える。欲求が生まれ、満たされて消えていくところの心の奥底の動かない「意識」と常に動き回ってものを作りつづけている「欲求」の二つが、私と私の人生を究極で動かしているものである。

意識は動かない「静」で欲求は動きまわる「動」である。

生まれたときに動き出した欲求は、人生の目的を達成するためにその発生と成就のサイクルを回りつづける。人生の目的というのは、まずは、親の保護の下で<眠る・食べる>を満たして、生きる喜びを知り、この世界の基本的な知識を学ぶこと。次に、<色・金・名誉>の層で行動して、人と出会い、社会的な地位や財産、利益を築きあげ、生きる物質的な基礎を作ること。そして、<孤独と愛>の層を掘り当てて、この人生の生きる意義を十分に獲得し、余裕を持って自分の五感を楽しませ、最高の喜びである感謝の気持ちを味わうこと。そして最後に、<遊び>の力を発揮して「意識ー心ー身体ー環境」を体感し、自分を超えてつながっている生命を実感することである。

 

 楽しく生きるということは、欲求を満たす過程を楽しむことだ。

 

ちょっとおはなし

 

稀に、眼前が晴れるような、素敵な本との出逢いがあります。そんな本との出逢いをしました。

 

実家に愛読書を全て置いてきてしまった関係で、最近はkindleで読書をしていたのですが、紙の本を読んで育った人間だからか、紙の本の方が頭に入る気がします。

 

皆さんにも、うまくいかないな〜という時期があるでしょうか。

 

ここのところ、なんだかうまくいかないな〜と、漠然と感じていたのですが、その理由が明らかになりました。欲求不満に陥っていたようです。欲求不満と言っても、性的欲求などではなく、理想の自分に近づきたいという欲求が満たされていなかったことが、スランプのように感じられる状況の原因だったようです。

 

言い換えると、思考のアップデートに対して、行動のアップデートが追いついていなかったことによる、理想と現実のギャップの発生が原因です。

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欲求を満たす過程を楽しむ

 

楽しく生きるということは、欲求を満たす過程を楽しむこと。

 

過去に建築学科に属していたことがあり、その際に建築の素材選定の評価基準について小論文を書いたのですが、その核論で、「我々は己の生活基準を向上したいという欲求に従って、より良い素材選定・設計を行う」といった趣旨の記述をしたことを思い出しました。

 

よりよく生きていきたい。その欲求が私たちを少なからず動かしているのです。

 

僕はまだまだ、自分の理想からかけ離れた場所で、もがいています。欲求の段階で言うところの、<眠る・食べる>すら自分だけで成立させることに四苦八苦しています。

 

お金は大切だと思いますが、<色・金・名誉>にはほぼ興味がありません。背伸びをしているのかも知れませんが、僕は<孤独と愛>や<遊び>について考えることが好きです。

 

高橋先生がかつて注目していたように、今、世界は<遊び>にシフトしていこうとしています。アンテナを張っている限り、時代は確実に移り変わっているようです。日本ではまだまだ先になりそうですが、僕は遊びを追い求め、孤独を楽しみながら生きていこうと思います。

 

そう孤独に!!!彼女もいないし!!!

 

ではでは。

 

最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。

 

らいむぎ
今日もわくわく、楽しんで生きましょう!!!

 

わくわくして死ぬ日まで。

 

嵯峨ノ頼麦

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