ごんぎつねの聖地巡り

 

おじゃまします。らいむぎ(@rye_enjoy)と申します。

 

 

ブログ、楽しく続けられています。特に、コメントやツイキャスで「楽しみにしています!」と一言いただけることがモチベーションになっています。ありがとうございます。

 

さて、今日は旅ログです。

 

9/29までのダイビングの旅に出たのですが、今日はその一日目。

 

まだ潜ってはいませんが、名古屋から移動して、半田にやってまいりました。

 

今回は、半田市をおさんぽしたお話。

 

さて。

 

終始、写真に、あるトラップを仕掛けました。グーグルマップ以外の写真には、ある共通点があります。

 

それが何なのか、ちょっと考えながらお楽しみください。

 

半田市ってどこ?

 

ここら辺です。

 

 

愛知県の知多半島の付け根に位置します。

 

実はらいむぎさん、この半田市の病院の生まれなのです。

 

生まれてすぐに京都にお引越ししたので、育ちは完全に京都なのですが。

 

子どもの頃から、よくこちらには遊びに来ていました。

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おさんぽ

 

おさんぽに出かけましょう。

 

今回のテーマは新美南吉です。

 

新美南吉さんは、童話『ごんぎつね』の作者であり、ここ半田市の生まれの亡き文豪であります。らいむぎと故郷を同じくしていらっしゃいます。

 

以下、少しwikiから引用させていただきますと、

 

地方で教師を務め若くして亡くなった童話作家という共通点から宮沢賢治との比較で語られることも多い。賢治が独特の宗教観・宇宙観で人を客体化して時にシニカルな筆致で語るのに対し、南吉はあくまでも人から視た主観的・情緒的な視線で自分の周囲の生活の中から拾い上げた素朴なエピソードを脚色したり膨らませた味わい深い作風で、「北の賢治、南の南吉」と呼ばれ好対照をなしている。

 

と、あの宮沢賢治との好対照として紹介されています。

 

おじいちゃん曰く、「地元のPRが下手だから宮沢賢治よりも知名度は低い」のだそうです。

 

僕の大好きな、伊東歌詞太郎が大好きな宮沢賢治。あえて、らいむぎは新美南吉を推していきましょうか。

 

さてさて、新美南吉は半田市の生まれとのことで、生家も観光地として公開されています。

 

 

こんな感じですね。

 

人だかりができておりました。素朴で、趣のある家です。

 

付近には、新美南吉記念館もあります。

 

 

おじいちゃん曰く、「景観を損なわないように地中に埋めてあるが、目立たなすぎて観光客が気づかない」のだそう。

 

聖地巡礼

 

新美南吉の代表作の一つに、ごん狐という作品があります。小さい頃、絵本や教科書で読んだという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

以下、ごん狐全文から、一部引用いたします。

 

これは、わたしが小さいときに、村の茂平もへいというおじいさんからきいたお話です。
むかしは、私たちの村のちかくの、中山なかやまというところに小さなお城があって、中山さまというおとのさまが、おられたそうです。
その中山から、少しはなれた山の中に、「ごんぎつね」という狐がいました。ごんは、一人ひとりぼっちの小狐で、しだの一ぱいしげった森の中に穴をほって住んでいました。

 

こちらに出てくる中山は、諸説ありますが、権現山(ごんげんやま)だと言われているそうです。

 

 

上の写真がごんげんやまだそうです。ごんの暮らす洞穴のあった山は、ごんげんやまの一帯にあった山とのことですね。ほえ〜。

 

再び、ごん狐から引用します。

 

ごんは、村の小川おがわつつみまで出て来ました。あたりの、すすきの穂には、まだ雨のしずくが光っていました。川は、いつもは水がすくないのですが、三日もの雨で、水が、どっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきや、はぎの株が、黄いろくにごった水に横だおしになって、もまれています。ごんは川下かわしもの方へと、ぬかるみみちを歩いていきました。

 

上記の小川がこちら。↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

 

ちょっと見えづらいですが、この小川のどこかで、兵十がうなぎきすを捕まえていたのですね。ほえ〜。

 

小川の写真にも少し写っておりますが、2017年は9/20〜9/26が「お彼岸」の期間とのことで、この辺り一帯では、ごんの秋まつりを開催していました。

 

 

 

 

彼岸花がたくさん咲いていますね。ここ数年、団体の方々が一生懸命、植えまくっていたのだとか。なかなか壮観です。ぜひ一度、足をお運びください。

 

ちなみに、白や黄の彼岸花もあり驚いたのですが、それらは正確には彼岸花ではないのだとか。

 

白い花はシロバナマンジュシャゲ、黄色い花はショウキズイセンといって、彼岸花の仲間、という分類になるそうです。ほえ〜。

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ごん狐と彼岸花

 

ごん狐の物語にも、彼岸花は登場します。

 

やがて、白い着物を着た葬列のものたちがやって来るのがちらちら見えはじめました。話声はなしごえも近くなりました。葬列は墓地へはいって来ました。人々が通ったあとには、ひがん花が、ふみおられていました。

 

このように登場しますね。象徴的なシーンを鮮やかにイメージさせてくれる、キーフラワーになっています。

 

らいむぎ
(キーフラワーって表現あるのかな?)

 

新美南吉が、ふるさとの情景から、ふんだんにアイデアを取り入れていたのだとわかりますね。すごく、人間的な言葉と情景。

 

新美南吉を推してみたくなりませんか?笑

 

最後に、トラップの答え合わせ

 

この記事の頭で、写真にトラップ(共通点)を仕掛けたと言ったのですが、気づいていただけたでしょうか?

 

実は、今回載せた写真は全て、

 

 

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車から撮った写真なのです!!!(ドン!!!)

 

どうです?気づきました?笑

 

おさんぽと言いながら、実は一歩も車から出ていなかったのですよ!笑

 

最後の写真あたりで、おや???と思った方もいらっしゃったのではないでしょうか。

 

いやぁ・・・僕も写真を撮る技術が多少は付いてきたということでしょうかね。ストーリーを構成するに十分な写真たちでした。

 

観光客が多かったので、新美南吉記念館にも入っていません。笑

 

完全に、にわかファンでございます。そんな気はしなかったでしょう?笑

 

次回、空いている時にゆったりと、足で聖地巡礼を体験したいと思います。

 

ではでは!!!

 

最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。

 

らいむぎ
今日もわくわく、楽しんで生きましょう!!!

 

礼麦

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