幸せを運ぶ風

僕らを幸せにする風は

平穏な時間に吹くらしい

心を亡くした時間には

吹いてくれない風らしい

それなら自分の一日に

心亡い時間はないのかな

必死にあおぐその前に

塞いだ岩をどけてみよう

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3 件のコメント

  • つい、相手の事を勝手に深読みしてしまう。
    僅かな仕草や表情の変化、声のトーン、視線などでいつも、『何かしてしまったかな?』とか『あれが原因かな?これかな?』とかグルグルしてどんどん勝手に凹んで、勝手に離れて、勝手に壁を作って閉じ籠もってしまう。
    誰かが悪いわけじゃない。相手が悪いのじゃない。私自身の心の在り方。私自身の問題。むしろ相手からしたら、私は加害者で向こうは被害者かもしれない。なんせよくわからない内に態度が変わってしまう厄介な私だから。相手からしたら、『何で?』『私何かした?』と思う相手も少ないないと思う。
    それでも、硬く閉じた岩を退かせない。殻をどんどん厚くする。閉めた心を何重にも鍵をかけて、フタをする。
    わかってる。嫌われるのが怖い、呆れられるのが怖い、見捨てられるのが怖い、仲間はずれにされるのが怖い、悪口言われるのが怖い、傷つけられるのが怖い・・・・だったら、初めから関わらなければいい。距離を取って、離れて近づかなければいい。
    いつだってこのループ。これに入ると相手とは中々上手く行かない。平穏に穏やかに過ごしたいと願うのに逃げに走って、不穏にしているのはきっといつだって自分だ。
    少しずつでも良いから、岩を動かせる様に、鍵をいくつか外せる様に、殻にひびを入れられる様に変わって行く覚悟と勇気を持ちたいと思おます。
    今日と言う一日をできる限り平穏に送るために。

  • 自分自身の心を見失っていると背中から優しく押してくれる風にも気付けないかもしれないし、
    もしかすると進む道に転がる小さな石さえも道をふさぐ岩に思えてしまうのかもしれない。
    自分の歩く道を心の目で見てしっかり確認することが大切なのかもしれないですね。

  •  自分では、余裕を持って暮らしてるつもりですが、「暇ならこれやって」と、用事を振られるので、敢えて忙しい素振りをしてます。でも、育児や介護は、待ったなしなので、心を亡くしそうになります。幸せになるために、選択をしながら生きてても、その実感が無いのは、やはり塞がれてるのでしょう。岩を力一杯ずらして、風を入れてみます。

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