【フリー台本】常夜の郵便【1人用 |30分】

常夜とこよ郵便ゆうびん

夜咄よばなし 頼麦らいむぎ 作

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この文章の著作権ちょさくけんは夜咄頼麦に帰属きぞくしますが、朗読ろうどくについての著作使用しよう権は解放かいほうしております。YouTubeでの朗読、声劇せいげき、そのほか音声表現活動などで自由にお使いください。

そのさい、この原作げんさくページのURLを作品などに掲載けいさいしていただきますよう、お願い申し上げます。

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「やっと辿たどいた。ここが魔法使まほうつかいの家ね」

いつもよりふかよるやみにも、だんだんと目がれてきました。少女はくらがりにつ家の前に立ち、今日きょう出来事できごとおもかえしました。

少女の名前はシャルと言います。たばねた金のかみは、目を見張みはるようなうつくしさです。いつも元気に走り回っているせいか、まずしい生活でも身体からだ丈夫じょうぶでした。

彼女かのじょむ森にかこまれた小さな村では、ここ数年、朝が来ていませんでした。

シャルはおさなころ陽射ひざしをおぼえていますが、まだ小さい子どもたちには記憶きおくがありません。朝を知らない子どもたちは、あまり外であそぶこともしませんでした。

たまに雲が晴れても青空はなく、夜空ばかりがつづいています。村の人々は小さなや、日陰ひかげそだ野草やそうを食べてらし、みなほそっていました。

このままでは作物さくもつそだてることができず、生活はくるしくなる一方です。村人はいつも不安ふあんにさいなまれ、夜だというのにねむれておりませんでした。

シャルが村を出る数時間前、村の長老ちょうろうのおばあさんが村人たちを集会所しゅうかいしょんで言いました。

「このままではいけない。朝をむかえるための方法ほうほううらなおうぞ」

おばあさんは、森にてられていたシャルをり、ずっと面倒めんどうを見てくれた恩人おんじんです。少女は、思いやりにあふれ、村人にもしたわれるおばあさんが大好だいすきでした。

おばあさんは、集会所しゅうかいしょおくにある大きな水晶すいしょうの前にすわりました。村人たちも、そのまわりにあつまります。おばあさんは、水晶すいしょう両手りょうてをかざしました。

「おお、これは…」

水晶すいしょうの中に、ひとりの少女の姿すがたうつみました。彼女かのじょ姿すがたは力強く、りんとしたうつくしさをっています。

ぼろぼろの衣服いふくや、風になびく金のかみはもはや神々こうごうしいほどでした。少女は村の中心にある噴水ふんすいの前で、つえかかげておりました。

救世主きゅうせいしゅあらわれ、村をすくってくれるのじゃ」

おばあさんは水晶すいしょうを見つめ、うれしそうにげました。

突然とつぜん水晶すいしょうの中からまぶしい光があふし、地下室全体ぜんたいつつんでいきました。あまりのまぶしさに、村人たちは目をつむります。

やがて、光は一筋ひとすじにまとまり、村人の後ろの方で聞いていた少女をしました。

「シャルが救世主きゅうせいしゅだというのか」

おばあさんは少女を見つめて言いました。水晶すいしょうの中には行く先となる森の暗闇くらやみうつされています。

「お前にはきびしいたびになるかも知れないが、けてはくれんかね」

村人たちは不安ふあんそうな顔をしたり、期待きたいめて見つめたりしています。中には心配しんぱいのあまり、す人もおりました。

「わかったわ。やってみる」

おばあさんは心当たりがあると言って、森のおく魔法使まほうつかいのことを教えてくれました。こうして、世界せかいに夜明けをもたらすためのたびはじまることになったのです。

シャルはおばあさんにたされたランプのあかりをたよりに、くらい森の道を歩きました。道と言っても、何年も人が歩いた形跡けいせきはなく、放題ほうだいのけもの道です。衣服いふくとどかない足首はれ、ヒリヒリといたみました。

おばあさんは、魔法使まほうつかいの家まで半日はかかると言っていました。しかし、シャルはたびすべてを楽しむつもりでした。わりえのない日々にきていた少女にすれば、滅多めったにできない大冒険ぼうけんだったからです。

シャルには、水晶すいしょううつったうつくしい少女と、自分とはかけはなれて思えました。元気とは言え、すすんでみなの前に出るような性格せいかくではありません。

それでも、親のない自分をやさしく見守みまもり、そだげてくれた村のみなには恩義おんぎがあります。シャルは心から、自分にできることをげたいと思っていました。

森に入ってしばらくは、元気なシャルでさえ怖気付おじけづいてしまうほどのくらさでした。しかし、心がれそうになるたび、ランプのあかりが心をあたためてくれました。さむ時期じきであり、虫の少ないことだけがすくいでした。

魔法使まほうつかいの家に近づくと、一寸先いっすんさきまで見えぬほどにやみふかくなります。朝の来なくなった村と魔法使まほうつかいには、何かかかわりがあるにちがいありません。

「やっと辿たどいた。ここが魔法使まほうつかいの家ね」

いつもよりふかよるやみにも、だんだんと目がれてきました。少女はくらがりにつ家の前に立ち、れてメッキのげたドアノブに手をかけました。

外から見たところ、中はそれほど広くなさそうです。黒みがかった木製もくせいとびらがギィィと音を立てます。

「ごめんください…」

中からはだれ反応はんのうもなく、声がむなしくひびきます。どうやら、魔法使まほうつかいは留守るすのようでした。シャルは少しまよいましたが、中に入って魔法使まほうつかいの帰りをつことにしました。

そっと中に入ってみると、中は薄暗うすぐらく、少しだけ湿しめったカビのにおいがしました。ゆかを見ると、うっすらホコリがもっていて、長い間掃除そうじされていないことが分かります。

うず高くまれた分厚ぶあつい本のとうがあちらこちらに立っているせいでしょうか。外から見た以上いじょうに、中はせまかんじました。

玄関げんかんから本のとうたおさないようにすすんで行くと、たりに暖炉だんろがありました。不思議ふしぎ紋様もんよう敷物しきものの上で、大きなロッキングチェアがれています。シャルはだれもいないのにれる椅子いすを見て気味きみわるかんじました。

暖炉だんろの右の壁際かべぎわには古めかしいつくえと、もたれのある椅子いすがありました。つくえの上にも、分厚ぶあつい本が何冊なんさつかれています。

シャルは本に興味きょうみをもって、気になったものをパラパラとめくってみました。見たこともない文字ばかりでしたが、なんだか読める気がします。

少女は本を一度いちどじて、最初さいしょからじっくり読みはじめました。

魔道まどう入門』と書かれた本の冒頭ぼうとうにはこう書かれていました。

魔法まほう使つかうために必要ひつようなものは三つある。

一 魔力まりょく

二 つえ

三 あい

少女はこの文章ぶんしょうえると、小さくつぶやきました。

魔力まりょくつえはわかるけれど、あいってどういうことだろう」

すると突然とつぜん背後はいごから声が聞こえました。

疑問ぎもんだな」

かえると、そこにいたのは灰色はいいろのローブをまとった老人ろうじんでした。頭には同じく灰色はいいろの三角帽かくぼうせ、たっぷりとあごひげをたくわえています。いかにも魔法使まほうつかい、といった風貌ふうぼうでした。

「あの、あなたが森の魔法使まほうつかいさんですか?」

「そうだが」

わたしの名前は…」

「知っている。シャルというのだろう」

「どうして分かったんですか!」

「あの村でつけられそうな名前なまえだ」

少女は首をかしげました。

「それで、何用だ?まさかあそびにたわけではないだろう」

「はい、じつはおねがいがあってたんです」

シャルはこれまでの経緯けいいを話しはじめました。

ここ数年、夜が村をおおってしまっていること。

おばあさんのうらないで、夜明けには自分がかぎになると知ったこと。

薄暗うすぐらい森の中、どうにかここまで辿たどいたこと。

「つまり、お前の村をおおっているよるやみはらってほしいということだな」

「そうなんです。どうか、よろしくおねがいします」

ことわる」

早速さっそく返事へんじに、シャルはおどろきました。無愛想ぶあいそうではありますが、きっとけてくれると思っていたからです。

「どうしてですか?」

「わしはお前のむ村に絶望ぜつぼうした。ともほろんでしまってもいいと思っている」

そして、おどろきの事実じじつを語りました。なんと、世界せかいを夜にめてしまったのは魔法使まほうつかい本人だと言うのです。

シャルは魔法使まほうつかいを見て言いました。

「どうしてそんなことをしたんですか!」

当然とうぜんむくいだ」

「…」

シャルは言葉ことばうしないました。やさしい村人たちささえられてそだったシャルには、魔法使まほうつかいの言うことが分かりませんでした。しかし、遥々はるばるここまでやってきてあきらめるわけにはいきません。

魔法使まほうつかいさん、何か理由りゆうがあるんですね?」

「なぜ出会ったばかりのお前に理由りゆうを話さねばならない」

少女はつか考え、魔法使まほうつかいの目を見て言いました。

わたしの大切な人たちのため。ここはどうしても退けないの」

魔法使まほうつかいはじっと少女を見つめ、しばらく目をはなしませんでした。そして、ふかいためいきをつきました。

「お前を見ているとだれかを思い出すようだ。いいだろう。かけなさい」

魔法使まほうつかいはもたれのある椅子いすをこちらにけました。そして、少女が腰掛こしかけるうちに、あたたかいもの用意よういしてわたしてくれました。さむくないように、ひざ毛布もうふをかけてくれます。

シャルは、思いがけない魔法使まほうつかいの行動こうどうに少しおどろきました。かれ暖炉だんろの前のロッキングチェアにすわり、かたはじめました。

「何から話そうか…まずは、わしと村との関係かんけいを話す必要ひつようがあるな」

老人ろうじんしずかに、淡々たんたんと、これまであった出来事できごとを語りました。

自分はかつて、村の子供こどもとして生まれたこと。

自分だけが魔法まほう使つかえるせいで、かつての村人たちからおそれられたこと。

まわりの村人だけではなく、家族かぞくさえもかれからはなれていったこと。

孤独こどくえかねて村をし、この森でひとり、らしはじめたこと。

それを聞いたシャルは言いました。

魔法まほうのない世界せかいがあったなんて。今では、魔法まほうおそれる人はいないわ」

「うむ。わしは早すぎたのだな。それに、わしは魔法まほうで人を傷付きずつけたことは一度いちどもなかった。しかし、まわりの人間は何かわることこるとすべてをわしのせいにした」

「…」

「わしとかかわりのある人間が不幸ふこうになるならば、わしははじめからない方がよかろう」

「…」

「だが、村の中で一人ひとりだけ、わしを心配しんぱいしてくれるものがいた。今では村の長老ちょうろうをやっているだろう」

シャルはうつむいて、じっと耳をかたむけていましたが、ここで目を上げました。おばあさんが、魔法使まほうつかいの知り合いだったなんて。はじめて聞くことばかりです。

彼女かのじょだけは、魔法まほう素質そしつっていたのだろう。わしの力を知ってもはなれようとはしなかった。村からここまでの道のりを歩き、物資ぶっしとどけてくれることもあった。彼女かのじょは言った。『あなたはわるくない』と。『あなたが仲間なかま外れにされるなんて間違まちがっている』と。彼女かのじょとのかかわりだけが、長年のわしのささえだった。しかし…」

「…何があったんですか」

「数年前のある日をさかいに、彼女かのじょは来なくなった」

「えっ」

「あれ以来いらい、ずっと会えていない。大方、だれかにそそのかされたのだろう。またひとりになった、わしのかなしみは天までとどき、世界せかいから朝をうばってしまったのじゃ」

「おばあさんは、そんな理由りゆうで人を見てたりしません!」

「本当にそう思うのか」

わたしにはわかります」

「…お前に何がわかるのだ」

目をとした魔法使まほうつかいは、どこかさびしげに見えました。

シャルは思いをめぐらせました。シャルはおばあさんのやさしさを知っています。自分にはもちろん、村のみなにもへだてなくせっする、大好だいすきで尊敬そんけいするおばあさんです。絶対ぜったいに何か、理由りゆうがあるはずでした。

わたし孤児こじで、おばあさんにそだてられました。だから、彼女かのじょのことはよく知っているつもりです。おばあさんがなんの理由りゆうくそんな行動こうどうをとるとは思えないんです」

魔法使まほうつかいは目を見開みひらきました。

魔法使まほうつかいさんのさびしさも少しだけわかります。わたしだってひとりだったし、今でもひとりです。つらくてじこもる日もありましたが、自分の思うまっすぐな道を生きてきたつもりです」

「ひよっこが、何を言うておる」

魔法使まほうつかいは首をり、身体からだを少しすって、遠い目をしました。ロッキングチェアの手すりにゆびすべらせています。言葉ことばはありませんでしたが、シャルは魔法使まほうつかいに何かがつたわったとかんじました。

しばらくの沈黙ちんもくの後、魔法使まほうつかいは言葉ことばつむぎました。

「ここにお前がたことも偶然ぐうぜんではないのかも知れんな。彼女かのじょはきっと、お前に手一杯ていっぱいだったのだろう。お前が彼女かのじょの手紙だというならば、わしもそれにこたえねばなるまい」

魔法使まほうつかいは椅子いすから立ち上がり、玄関げんかんに立てかけたつえってきました。

「これをお前にゆずろう」

「でも、これは大切なものなんじゃ」

「もう必要ひつよういものだ。りなさい」

シャルはつえりました。使つかまれたつえは、暖炉だんろの火にらされてにぶく光りました。魔法使まほうつかいは言いました。

「そのつえには魔力まりょくいざなう力がある。お前に魔法まほう素質そしつがあることはわしが保証ほしょうしよう。その目を見ればわかる。村に帰ってつえかかげ、あいいだいてねんじなさい」

「じゃあ、魔法使まほうつかいさんも一緒いっしょに」

「いいや」

魔法使まほうつかいは少女のかたに手をきました。

「わしは孤独こどくあいして余生よせいごそうと思う。今更いまさらみなに合わせる顔もない。あいり、めぐらせることができるお前なら、魔法まほうとも上手うまくやっていけるじゃろう」

シャルはしずかにうなずきました。

「さあ、行きなさい。道中気をつけてな」

少女は、おばあさんのランプと魔法使まほうつかいのつえたよりに、森の暗闇くらやみを歩きました。衣服いふくすそしげみにかれ、草木をはらうたびにかみみだれます。

村にころには、彼女かのじょはぼろぼろでした。しかし、一つのたびえた少女は、りんとした力強さをまとっていました。

「シャルが帰ってきたぞー!」

シャルに気づいた村人がさけびました。少女の帰還きかんに気づいた村人たちは、次々つぎつぎに家のとびらけて出てきました。

シャルが噴水ふんすいふちにランプをくと、村人たちは少女をもみくちゃにしました。

「シャルー!」

「よく帰ったな」

無事ぶじでよかった」

シャルは故郷こきょうあたたかみに安心あんしんして、少し目をうるませました。しかし、まだやることがのこっています。

長老ちょうろうがいちばん後ろからやってきて、シャルの前に立ちました。そして、彼女かのじょかかえたつえを見て言いました。

「そのつえは…」

シャルがうなずいたのを見て、おばあさんはかたふるわせ、顔をおおって言いました。

「おじいさん、たしかにりました」

シャルはつえいだき、村のみなおもい、おばあさんをおもい、魔法使まほうつかいをおもいました。 そして、つえかかげました。

つえから一筋ひとすじの光があがり、夜を晴らしていきます。その光景こうけいは、かつて水晶すいしょうの中に見たあの光景こうけいまったく同じでありました。

こうして、世界せかいに朝がおとずれました。朝陽あさひが、暗闇くらやみれた村の人々の目にまぶしくみました。かれらが明るさにれるには、しばらくの時間をようしました。

村の住人じゅうにんたちはよろこび、感謝かんしゃ気持きもちをシャルにつたえました。少女に経緯けいいを聞いた村人たちは、自分たちの先祖せんぞの行いをいました。そして、二と同じあやまちをかえさないとちかいました。

今でも、森の小さな村には、つえかかげる少女の石像せきぞうが立っています。村人たちは、心やさしく勇敢ゆうかんな少女の物語ものがたり子孫しそんたちにつたえていきました。

物語ものがたりった人々の心には、あたたかいの光がんだのでした。

おしまい

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1 個のコメント

  • 2024年2月11日
    一番嫌な事が巡ってくるこの時期が苦手だといつも話されている頼麦さん。

    一昨年は覚えてる「さっさと」という詩だった。
    やりたいことだけやるために、やることさっさとおわらせる。

    昨年の今ごろは何を思ってらしたのかしら?とページを開いてみました。

    「常夜の郵便」

    そんな苦手な時期にこんなにも素敵な物語を紡いでらした
    なんて・・・驚愕。
    完成している物語がとても素敵でぐうーっと引き込まれ
    読み進むほど惹き付けられて行きました。

    お芝居になりそうなStory・・・

    発する言葉が見つかりません。
    私の貧しい言葉を連ねても蛇足になるだけ。
    是非たくさんの人に読んでほしい!!
    見逃していた自分が悔しい。
    そして、いつの日か頼麦さんの声で聴きたい!!
    長編だけれど、可能なら・・・

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