忘れじの詩

久々に詩と向き合うと

なんとも言葉が出てこない

久々に身体を動かすと

なんとも動きがぎこちない

日々触れないと錆びるのに

僕らはなかなか触れない

自分の好きなことくらい

目のつくように置いとこう

ある日とつぜん前ぶれなく

風邪をひいてしまったり

ある日とつぜん気に入った

何かを失くしてしまったり

気づいてからじゃ遅いのに

僕らはなかなか気づけない

だから気づいたことくらい

せめて大事に抱えよう

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3 件のコメント

  • 素直な詩ですねぇ。
    そのまんまの頼麦さんの姿がそこに在るのを感じます。

    私達には永遠という事はないですからね。
    時間も命も。
    出来るのにやらない
    やらないと錆びていくスキル

    忘れてはいけない事だけは目に付く所に置く私。
    なのに…ね。

    せめて好きな事くらい
    せめて気付いたことくらい
    少しずつ チマチマ触れて行きますよ私も。
    こころが錆びつく前に!!

  • わたくしごとですが介護生活を7年くらい続けたあと心身共にくたくたぼろぼろになりました。

    病気と本人に向き合って過ごしたつもりでした。
    けれど今も後悔が残ることばかりです。
    本人が亡くなったあとも残された人間の中に記憶として残っていきます。
    私の中に今でも痛みとして残り続け、ふと記憶が蘇っては泣く日々が数年続きました。
    少しずつ思い出し泣く日は減りましたけれど。

    介護について知ったことを言うつもりではありません。

    ご自身の体を大切になさってください。
    そしてご自分の信じる道を大切な方々と共に歩まれていってください。
    失礼致しました。

  • 2024年新年初のYouTube生配信ありがとうございました。

    お話を聴きながら、昨年はどんな事を思われたかな?と
    ブログのページを開いてみました。

    まぁ、今夜はサラサラとお話をされて幸せそうな感じがして
    こちらも嬉しくなりました。
    旅?のハプニングも笑いながら聴きました。

    やはり呪縛からの開放が大きいのでしょうか。

    私も悩み多き少女でしたが、人と比較するという考えが
    あまり無かったように思います。
    頼麦さんのように優秀な生徒では無かったから(笑)
    優秀な人ほど他人との比較という感覚があるのかも?と思い
    頼麦さんにはいろんな想いが渦巻いていたでしょうから。

    でも木から葉っぱが離れるように、頼麦さんの心から陰鬱な
    感情が自然と消えたんですね。
    これも、頼麦さんが必死に生きてきたから、薄紙が剥がれるように1枚ずつ少しずつ自然と剥がれて気がつけば・・・
    ですね。
    良かった!!良かった!!

    そして話せると思っていた人が話せないと感じて
    意外な人がとても話しやすくて通じる感覚。

    私もこの数年で同じ体験をしました。
    悲しい別れもありましたが、これは気づいて良かった。
    学生時代のまんまを求められても無理だというお話で
    そもそもその人の本来の資質に気づかなかった私のバカさ
    違和感を放置した結果、その人を増長させることになってしまった。
    だから、私の責任でもある。バイバイするしかなかった。

    その後再会した友人は距離を取っていた人だったけれど
    仲が悪かった訳じゃない。
    こんなに柔軟な考え方の人だったか!と驚き。
    私の思い描いていた彼女と実像は別物でした。

    まぁ16〜7才の子供の頭と心は浅はかですよね。
    きっとお互いに卒業し結婚しそれぞれに悩みいろんな経験を重ねて、自分自身を育てて来たからこその再会!!

    人生全てタイミングと信じるわたし。

    頼麦さんの再会も今だからこそですね。
    それも頼麦さんが必死に生きてきたからこそだと思います。

    生きていると素敵なタイミングってありますね!!

    おかげさまで良い夜にりましたした。
    なんてことない話を長々と・、と仰るけれど、
    私達にとっては、どんな些細なお話も心に沁みるのです。
    どんな言葉も聴きたいのです。

    だから、またお話してくださいね。
    本当に聴きたくてたまらないのだから!!

    ありがとうございました。
    おやすみなさい。
                20241月15日

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