こんな人生はどうだろう?

狭いワンルームから出られず
開け放たれた窓からジロジロ見られる

こんな人生はどうだろう?

十分に体も動かせなくて
血も肉も衰えるばかり

こんな人生はどうだろう?

手を伸ばしたくても伸ばせず
ドアを開けたくても開けられない

見てみぬふりをして

そんな一生を

あなたは誰かに強いてはいませんか

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1 個のコメント

  • そんな一生を、誰かに強いていませんか?
    この問いかけが、外側に向かうのか 内なる自分に向かうのか?
    ここが、選択出来ません。
    内側に向かうなら、何かの価値観に囚われて自分自身を雁字搦めにしている人もいるかと思います。
    例えて言うなら、自分自身の感情に、レッテルを貼ることを始めると、2項対立の考えが出来上がると思います。善と悪 明るい自分 暗い自分等々。
    誰でも持ち合わせている感情を、自分自身が裁く事を意味すると思います。

    それが外側に向えば、他の人に外向性 社交性等を標準とする傾向が必要だと判断されます。

    感情と思考は、対立する。触感と、感覚は対立すると思います。

    人間誰しも、時間と空間には縛られます。

    建築学を研究された、ライ麦さんには空間認識能力 空間デザイナーとは、どう言うものかよくお分かりだと思います。

    それらが、いいとか悪いとか言う事ではなく、人間時と場合によって、変わる。と思います。

    狭い、マイクロアパートメントとよばれる日本の家構造に於いて、人間本能的に息が詰まる人もいれば、その狭さをメリットにしている人たちがいると言うことだと思います。

    そこには、未だに解らない人間の脳が関係してくるので、あえて一概に言えない部分もあり、断罪はできないと思います。

    狭い場所で、安心する人もいれば、もっともっと広い場所がいいと言う人々もいます。

    自分を中心にして、パーソナルスペースがどれくらい必要になるのかは、人それぞれで後は、慣れと経験から学習してきた、その人なりの価値観 人生観があるので、なんとも判断出来ないのではないでしょうか?

    私の場合は、足も悪く、両目も悪いので、ある程度狭い空間が有難いです。しかしながら、パーソナルスペースがかなり必要とされるので、空間をある程度移動できたほうが、気分的に楽です。外に出ればいいですが、カートを使用するので、ハンディキャップがあるから骨折は、危険なのです。身体障害者でもあり、精神障害者でもあります。そう言う人間は、得てして慎重にならざるを得ません。出られるなら、広い公園で犬達と戯れています。

    私は目が悪い時、手術を両面やりました。元来、読書が大好きで、本が読めない場合は最悪な気分でしたね。
    聞けばよろしい。と思いライ麦さんには、大変お世話になっております。本当に有難う御座います
    これは、一方的に感じる文章かも知れませんが、あくまで私の個人的な意見です。どなたも、非難したり、否定する意見ではないと言うことを、付け加えておきます。

    どの視点で、誰の視点で考えているか?見ているか?という事です。
    この様な、人間も存在するということです。

    いつも穏やかな時間を、有難うございます。
    今後の御活躍を期待致しております

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