思惑

ぼくのかかえる思惑と

きみのかかえる思惑と

どちらもきっと正しくて

どちらもきっと間違いだ

だれもがかかえる思惑が

気づかぬうちに作用しあい

たった一つの未来めざし

大きな流れをつくり出す

我が道ゆくも正しいが

身を任せるも正しいさ

ぼくらは流れをみきわめて

しぶとくしぶとく生きぬこう

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4 件のコメント

  • 世の中、正しいとか間違いとか、良いとか悪いとかで簡単に分けられるほど単純明快じゃないですよね。
    案外どれもこれも、曖昧で不確かでグレーで。
    型や枠にとらわれる必要は、きっと無いのでしょう。

    しぶとく、図太く?笑。前向いて、生きていけたらと思います。

  • らいむぎさんの詩は不思議と後から後からじんわり伝わることが多いのですが…

    この詩を読んで様々なことに心の目で見つめてみると本当に至る所に「思惑」が存在していますね…

    確かにまっすぐ自分の道を突き進む時もあるけれど、
    ただただ流れに身を任せていたい時もありますね。

    うずまく思惑に惑わされ過ぎないような凛とした姿勢と心を持つ人でありたいと思いました。

  • この詩を読むまでは「思惑」という言葉についてあまり考えた事がありませんでした。
    らいむぎさんの詩を読んで「思惑」や「期待」について考える事が増えました。

    下心を持って発する人の言葉はどこかそれが伝わってくるような気がしてしまいます。
    誠意を持って発する人の言葉はいつも変わらず優しさや思いやりが伝わってくる気がします。

    人間ですから常に様々な感情が巡りますね。

    自分を追い込み疲れさせてしまうことがないように、
    多くの思惑にふりまわされ惑わされ過ぎずに過ごしたいものですね。

    (言うは易く行うは難し…ですけれど…)

  • 思惑は、それぞれの人が秘めていますね。
    上手く交われば、その思惑の目的は達成されて成功!と言われるのかも知れません。

    また、全く違う方向を向いている思惑であれば、絡まりあって
    複雑怪奇になっておおごとになりかねません。

    面白いことに「しわく」と、読むと意味が変わって来て
    生まれながらにして持っている欲で、修行によって断ち切れるらしいです。

    どちらにしても、自分の心の中から沸き上がるもの、気持も
    想いも無視できないから、色々考えることもあるけれど
    本当に欲していることを、しつかり理解して、ぐっと掴んで
    進んで行くしかないと思います。

    だから、特に頼麦さんのように、世の中に言葉や作品を発信
    される方は、自分の思惑に集中してください。
    回りの人の思惑に惑わされることのないように。

    今日生まれた頼麦さんの中に居る「グリーンの瞳の少女」のように…(笑)
    純粋に、頼麦心に従って、やりたいことをやって行く!!
    そうあって欲しいと思っています。

    そして  いつの日か  朗読会に参加すること。
    それが、今の私の思惑です!! ホントよ!!

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