魔女の住む島
夜咄 頼麦 作
この文章の著作権は夜咄頼麦に帰属しますが、朗読についての著作使用権は解放しております。YouTubeでの朗読、声劇、そのほか音声表現活動などで自由にお使いください。
その際、この原作ページのURLを作品などに掲載していただきますよう、お願い申し上げます。
もくじ
呪い
むかしむかし、ある温泉の雨が降る北の孤島に、腕にけがをした兵士の男とその看病をする医者の女がおりました。
二人は誰もいない島の、入り江を望む洞穴で慎ましく暮らしておりました。
海風が吹く昼には魚を捕らえたり、木々に囲まれた畑でキャベツやじゃがいもを大切に育てます。
星降る夜には海岸に火を焚いて、人生を語り合いました。
この平穏で怠惰な生活は二人の間に愛を芽生えさせ、育みました。
医者の女は心を込めて傷ついた兵士を癒し、兵士も恩情に報いたい気持ちを大きくしました。
そうして過ごすうちに二人は強い絆で結ばれました。
そして、二人は生涯を共にすることを約束しました。
ある夜のこと、医者の女がうめき声で目を覚ますと、兵士の男が左腕を抑えて苦しんでおります。
住まいの外から差し込む月明かりが兵士の腕に巻いた白い包帯をしらじらと照らし、包帯に滲む黒いシミを映し出していました。
医者の女は兵士の包帯を外し、患部の様子を見ました。
男の左腕は黒くシミが広がり、どうやら悪寒や熱もあるようです。
医者の女は温かい湯を沸かし、身につけていた服からちぎり取った布を浸しました。
兵士の額に浮かぶ玉の汗を拭いとります。彼は今、命の危機にありました。
裁判
半年前まで兵士の男と医者の女は海沿いに栄えた王国に暮らしており、赤の他人同士でした。
兵士は王に仕える身であり、日々王宮の警備にあたっておりました。
医者は街で人々を癒し、知見を仲間内で共有する勉強会を開いて、日々の生活を営んでおりました。
冬になり、王国に流行り病が広がりました。
病にかかったものは呪いのように体を蝕まれ、肌を黒く染めてしまいます。
人々は怯え、王は庶民の怒りの矛先を探しました。
そうして医者の集会に目をつけ、その代表であった医者の女を吊るし上げることにしました。
王は「女は水に浮けば有罪、沈めば無罪である」とお触れを出しました。
そして明朝、医者の女は縄につながれ、民衆の前に引きずり出されました。
実質は処刑台とも言える木製の舞台に水槽が据えられ、一人の兵士が剣を携えて待機しております。
女は兵士に引き渡されました。
もちろん医者の女には何の罪もありません。
沈めば無罪と聞いた女は、水の中で懸命に体を沈めようとしましたが、どれだけ踏ん張っても体は浮きました。
「見ろ!この女は魔女だ!この国に呪いをかけたに違いない!」
王の無慈悲な言葉が響き渡りました。
兵士が刀を抜きます。
医者の女は絶望に震えました。
「今、この町には医術が必要なはずだ。何も悪いことはしていないのに」
無念が胸を染めていきます。
兵士が剣を振り上げました。
剣が振り下ろされてしまえば、もう一巻の終わりです。
「やれ!」
王の言葉に剣が振り下ろされました。
しかし、剣が切ったのは女の手首を縛っていた縄でした。
強く閉じていたまぶたを開くと、医者の女は手を引かれていました。
その先には退路を切り開く兵士がおりました。
「君は何も悪くない。僕が逃がす。ついてきなさい」
逃走
二人は人々をかき分け、海へ走りました。
港に停泊していた小さな船に飛び乗り、二人は漕ぎ始めました。
通りの民衆をかき分けて追手が迫ります。
二人は懸命に漕ぎました。
その時、陸から矢が放たれました。
いくつかの矢はそれましたが、そのうちの一本が兵士の左腕に刺さりました。
兵士はあまりの激痛に顔をしかめ、船底に横たわりました。
しかし、このまま海に浮かんでいるだけでは簡単に捕まってしまいます。
捕まれば二人とも命はありません。
医者の女は持てる力を懸命に振り絞り、船を先に進めました。
幸いにも朝霧が立ち、二人の船を追手から隠してくれました。
追手は「荒れる北の海に乗り出した二人に命はないだろう」と追うことをやめました。
二人はどうにか逃げおおせました。
傷を負った兵士の代わりに、医者の女は懸命に船を漕ぎました。
応急手当をした兵士の左腕には血がにじんでおります。
早くどこか安心して過ごせる場所を見つけなければなりません。
すると、視界の先に小さな島が見えました。
海岸は乗りつけることが難しそうな岩壁ですが、幸いにも上陸できそうな入り江がございます。
医者の女は兵士の男と肩を組んで上陸しました。
雨風をしのげる場所を確保するために、医者の女は兵士を砂浜に横たえ、辺りを散策しました。
そうして見つけたのが今二人が平穏な生活を送る、この洞穴でした。
魔女
半年かけて二人は生活環境を整えました。
兵士の男の傷も徐々に良くなっていきました。
しかし理不尽にも、月明かりの今、目に映るのは黒い腕です。
王国を襲った流行り病に兵士もかかってしまったのです。
医者の女は自分に魔法が使えたらどれだけいいだろうと思いました。
この流行り病は今の知識では治すことはできません。
苦しんでいた兵士はわずかに目を開け、声を絞り出しました。
「これまで賢明な看病をしてくれてありがとう。君の献身のおかげで穏やかに暮らすことができた。理不尽に震える君をお救いできて本当に良かった。私は確かに幸せでした」
兵士は少しの無念と命の充実をまとい、視線を落としました。
天井から滴った雫が月明かりを透過して、刹那、白く輝きました。
入り江の水面は穏やかです。
医者の女は兵士の腕にすがりました。
「そんなことは言わないで。私たちはまだこれからじゃない」
震える女の頬に涙の道ができました。
雫は医者の女の輪郭を伝い、兵士の腕に滴りました。
その途端、黒ずんでいた兵士の腕はにわかに色を取り戻し、病はたちまち癒えて行きました。
医者の女の願いが通じたのです。
彼女はこの瞬間だけは確かに魔女でありました。
兵士の男は身体に力を取り戻し、医者の女を抱きしめました。
「ありがとう。ありがとう。これで生涯を共にできる。約束を果たせる」
女の流した涙が愛の結晶となり、兵士の命を救ったのです。
魔女は言いました。
「これからも二人だけの慎ましい暮らしを続けましょう。きっと幸せな未来が待っているわ」
入り江の空には星が雪のように降り、二人の絆を祝福していました。
魔女の住む島の物語は、今始まったばかりです。
おしまい
スポンサーリンク
純粋な愛の形。互いを思いやる気持ちが、流行病を治療したんですね。信じる心が揺れるとき、またこの流行病に罹るかもしれませんが、二人の愛が治験薬となってほしいなぁ、と思いました。信じて、裏切られて、また信じて、裏切られてを、くり返して許し合うことが出来れば、永遠の愛を手に入れることができるのでしょうか?続編期待します。
I love this story.
That’s a pure love.
あらゆる世界で使われる権力という武器。
正義感から女を助けた兵士。
不条理から逃れる2人。
たどり着いた島で絆を紡いだ。
信頼しあえる2人の強い愛情が、病までも治したのですね。
私は確かに幸せでした。
彼女は、この瞬間だけは確かに魔女でありました。
この確かにという言葉の使い方が、とても好きです。
今回のお話は Fantasy.
夢を見られました。
確かに、愛を信じられました。私のこころで。
ありがとう。頼麦さん。
愛じゃよ、愛(•ө•)♡