【フリー台本】月夜の手紙【1人用 |15分】

月夜の手紙

頼麦 作

 

この文章の著作権は夜咄頼麦に帰属しますが、朗読についての著作使用権は解放しております。YouTubeでの朗読、声劇、そのほか音声表現活動などで自由にお使いください。

その際、この原作ページのURLを作品などに掲載していただきますよう、お願い申し上げます。

もくじ

稲荷

ある島国の大きな入り江に沿って栄えた街に、一人の青年が住んでおりました。

ここでは、名前をTと呼びましょう。

Tはある冬の晩、郊外こうがいあてもなく歩いておりました。

「うぅ、寒い」

なんだか全てがむくわれない気がするのでした。

月の光は街をうす青く染め上げ、もの悲しくさせています。

街灯を過ぎるたび、ぐるっと伸びる影はTをからかうかのようでした。

「なにが、いけないんだろう」

彼は目利めききの貿易商の補佐ほさとして働いていました。

この街では有名な商人の尻拭しりぬぐいで部屋にこもる日々。

彼の夢のためには、目を養う時間は必要なはずでした。

「なんだよ、なんでもかんでも押し付けて。はぁ。このままでいいのかな」

Tは小さくらしました。

整った石畳はいつしか、砂利道じゃりみちに変わっていました。

ぼんやり歩くうちに、街のはずれまで来てしまったようです。

「どうせ帰ったって眠れないし、もう少しぶらぶらして帰ろう」

ふと目を上げると、右手はれ草の生い茂った荒れ地でした。

もう、ここに在った建物がなんであったかは思い出せません。

かつては庭でもあったのか、立木もちらほら見えました。

道沿いの梅の枝は不気味に広がり、おおいかぶさってくるかのようでした。

枝越しの夜空をぼんやり見上げます。

夜に染まったつぼみは、満月に白む空にくっきりとえていました。

Tは深く息を吸い込み、大きく吐き出しました。

目を下ろすと、荒れ地の奥に向かって獣道けものみちが伸びています。

獣道の続く先には、小さく盛り上がった森と白い鳥居が見えました。

「なんだろう。こんなところに神社なんてあったかな」

Tは不思議と心かれ、獣道に足を踏み入れました。

道沿いに立った草木は枝垂しだれ、暗いトンネルのようになっていました。

頼りになるのは、枝葉の隙間すきまから差す細い月明かりだけです。

足元ではパキパキと、何かがつぶれる音がします。

その音が動物か何かの骨ではないかとの考えが頭に浮かび、Tはかき消すように首を振りました。

足早あしばやにトンネルを抜けます。

視界が開けると、目の前には想像よりも立派な鳥居が立っていました。

先ほどの音の正体はどんぐりだったようです。

本堂に続く上り階段にも、点々と散らかっている様子が見えました。

何やら、奥の方に灯りが揺れているようです。

暗闇に不安だったTは、温かい灯りに呼ばれるように足を踏み出しました。

稲荷いなり神社」と縦に書かれた鳥居をくぐります。

Tに驚いたカラスたちが警戒けいかいの声を鳴き交わしました。

「なんだ、カラスか。びっくりした」

Tは驚いて、不満をこぼしました。

階段を登り切った境内は小ぢんまりとし、不思議と落ち着きます。

足元は落ち葉と腐葉土ふようどで埋まっていました。

手水舎てみずやは枯れ、標縄しめなわはほつれ、中には垂れ下がっているものもあります。

長く人の手は入っていないようです。

静かに降り積もった時間が、哀愁あいしゅうをまとわせておりました。

Tはここまで来てしまったことを後悔し始めました。

しかし戻るには、またあのトンネルを抜けねばなりません。

「少し明るくなるまで、居させてもらおうかな」

Tは本堂に歩み寄りました。

問答

本堂はなかなか立派な造りで、はりには木彫りのりゅうがあしらわれていました。

灯りは片側だけ開いた、扉の隙間から漏れています。

漂うゆるしの空気に、Tは中に入ってみる気になりました。

古い字体で奉納ほうのうと書かれた賽銭箱さいせんばこの横を通り、段を登ります。

扉を静かに開くと、そこは六畳ほどの小部屋でした。

「ごめんください」

奥にはもう一枚の扉が見え、その手前には小さな机に乗った燭台しょくだいがあります。

Tは明るさに安心を覚えました。

机には、柔らかな灯りに照らされて一枚の紙が置いてありました。

Tはその紙に目を落としました。

 

 

【最近知った花の名前はなんですか?】

 

 

「花の名前。なんだ、この質問。花の名前なんて知ってどうするんだ。腹もふくれない」

Tあきれて言いました。

「奥に人でもいるのか」

Tは、奥の扉を開きました。

この時、背後の入り口がそっと閉じたことに、Tは気づきませんでした。

扉の向こうは、また同じような小部屋でした。

部屋の奥にはまた扉があり、照らされた机に紙が置いてあります。

「まただ。今度はなんだ」

Tは紙を手に取りました。

 

 

【最近訪れた国はどこですか?】

 

 

「国?生まれてこの方、この街から出たことなんてないし出たいとも思わない。今の仕事をしていれば、他の国の話は嫌でも聞く。それで十分さ

Tは反発しました。

「名前だとか国だとか。よほど自分の知識を自慢したいんだな。見つけて、ひとこと言ってやる」

Tはこれで最後との思いで、次の扉を開きました。

しかし、その先にはまた似た光景が待っていました。

「またか。いい加減かげんに」

例によって机まで歩み寄ったのち、初めて背後を気にしたTは目を疑いました。

今通ったはずの扉がありません。

そこにはのっぺりと、かべが立っているだけでした。

「嘘だろ。これじゃ帰れないじゃないか。おい!開けろよ!」

壁を叩いてみても、手ににぶい痛みが残るだけでした。

どうやら、先に進むより他は無さそうです。

「そういうことか、わかった。神様の仕業しわざか知らないけど、見つけた時はみてろよ」

紙にはこうありました。

 

 

【一番好きな音の川はどこですか?】

 

 

「そんなものは知らない!川の音なんて気にしたこともない。積荷つみにを運んでくれればそれで十分だ」

声を出していないと、沈黙の音が耳にさわります。

心細い状況でのつかみどころのない問いに、Tの不満は膨れました。

「なんだ!人を小馬鹿にしたような質問ばかり。そんなもの、今は知る必要なんてない!どうしたら生活は楽になるのか、この先に夢は叶うのか。その答えが知りたいんだ!あんたが神様なら教えてくれよ。どうすれば報われるんだ!」

Tは紙を破りました。

そして、荒々あらあらしく次の扉を開けました。

神木

扉の先は小部屋ではありませんでした。

どうやら外に出られたようです。

にわかに明るくなった視界に、Tは思わず目をおおいました。

段々と明るさに目が馴染なじみ、現れた景色にTは圧倒されました。

流れる雲を突き破らんとそびえる、古代樹。

樹齢じゅれい数千年はくだらないであろうご神木の外皮は堅く、老人の皮膚のようにしわが寄っていました。

忘れ去られた神社の裏手で、人知れず時を刻んだのでしょう。

上方に放射状に広げた枝は、一本一本が幹のような太さです。

求める者全てに、ゆるしの手を差し伸べているかのようでした。

顔ほどもある幾つもの大きな節は、遥か遠く、海も越えて、Tの見知らぬ異国の地まで見通しているように思えました。

Tの目は釘付くぎづけになり、開いた口はふさがりません。

「なんだ、これ」

息が止まります。

「僕はあまりに若い。はかない。そして、」

Tは小さくらします。

「なんてちっぽけなんだ」

Tの胸中を、ただ畏敬いけいの念だけが満たしました。

今宵こよい、ふらりと外に出る気になったのは、ここに辿り着くためだったのか。

Tは首を垂れました。

と、目の端で白いものが動きました。

目をやると、ご神木しんぼくの陰に消える尻尾が見え、古代樹の根元には一枚の紙が残されていました。

紙は二つに折られています。

Tは歩み寄り、うやうやしく紙を開きました。

 

 

【最近あなたの感じた幸せはなんですか?】

 

 

Tほおを温かい涙が伝いました。

そんなこと、考える暇もなかった。

生きるだけで精一杯だった。

忙しく過ごすことが夢への近道だと思っていた。

でも、でも、今の自分に、

「足りないものは」

にじむ視界の中、Tの意識は遠のきました。

手紙

目を開けると、Tは荒れ地の草むらに倒れていました。

押し倒された枯れ草が束になって支えてくれています。

Tは夢うつつのまま立ち上がり、湿しめったお尻を払いました。

道に出て振り返ると、奥に続いていた獣道けものみちは見当たりません。

ただ、草木が生い茂るだけの荒れ地です。

しかし今や、胸の内は穏やかな生命力に満たされていました。

Tは荒れ地に一礼し、暗い家路いえじをたどりました。

月の光は街を薄く染め上げ、 おだやかにさせています。

街灯を過ぎるたび、ぐるっと伸びる影はTを励ますかのようでした。

狭い下宿に着いた彼は荷物をまとめ、部屋を整えました。

そして、月明かりに手紙を書き置いて、街を出たのでした。

 

おしまい

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4 件のコメント

  • 非現実的な出来事ですが、主人公と同じ様に私にも起こっていたなら、どんなに救われるだろうと心からしみじみ考えてしまいました。私の抱えているものと、Nの心情は違うものですが、何かしら悩みを抱えている人に、光を与えてくれるお話しだと思います。

  • 「注文の多い 料理店」のように怖いもの見たさに 読み進みました。
    初めはNさんとらいむぎさんが重なりました。
    気がつくと Nさんは読んでいる私?
    と思い始めました。
    改めて 二回目を読みました。
    人生の終盤にきて 「 振り返って 改めることがあるなら やり残したことに 目を向けよう」と思いました。
    らいむぎさんには気付かされることが多く 感謝しています。
    ありがとうございます。

  • 私も注文の多い料理店?みたいな展開に、ワクワク読み進めました。女子の夜の冒険は危なっかしく、感じていたので、Tに変わって安心しました。こんな不思議な夢のある話大好きです。でもちゃんと大地に足はついてる、ただの夢物語では終わらない。とても感動しました。

  • 本日生朗読でお披露目「月夜の手紙」素敵でした。

    タイトルはずっと心に残っていたので、頼麦さんの声で聴けた事を幸せに感じます。

    制作から2年目の公開とのお話。
    ひとり旅を終えた頼麦さんの新しいスタートにふさわしい
    お話でした。

    噛むことも無くスラスラと読み進めていく
    その上頼麦さんの心はちゃんと込められている。
    やはり頼麦さんの朗読は最高です!!

    人生は楽しいですね。
    色んな事が起こるけれど、成るようになります。

    頼麦さんはいつも求めて追求し続けている。
    何をしても風が吹いてきて妨害され、どうしても上手くいかない時もあるけれど、頼麦さんが大切にしている習慣づけが
    本当に大事になって来ます。

    毎日の小さな繰り返しが魂を病気にしたり、健康にしたりする。
    頼麦さんはできるだけ人を喜ばせようとされてる。
    そうすると、自分の魂が治療されるだけでなく
    周囲の人々の心も状況も確実に好転していくと感じています。

    “怠らず、張り詰めず”良い言葉ですね。

    日々の仕事の中で、大きな変化と思うものでも
    振り返ればある地点での小さな起伏に過ぎない事も多い。
    変わるのではなく変化し続ける。
    歩き続けることが大切だとある人が話されています。
    その秘訣が”怠らず張り詰めず“という気構えだそうです。

    バランスですかね。
    けれど、夜咄頼麦という帆だけは降ろさないでね。
    帆を高く張ってさえ居れば
    どんな風でもそこに留まらず船は進むから。

    生配信ありがとうございました!!

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