愛の試練

僕らは愛を受け入れるべきだった
僕らは愛に従うべきだった
しかし
僕らは愛をないがしろにした
僕らは愛に背いた
それ故
僕らは愛の罰を受け続ける
僕らは愛に試され続ける

愛が満ち足りるまで
僕らは愛から逃れることはできない
愛が僕らを赦すまで
僕らは愛を求め続けなければならない

ーーーーーーーーーー

We should have embraced love.

We should have followed love.

But instead,

We disregarded love.

We turned our backs on love.

Thus,

We continue to endure love’s punishment.

We are endlessly tested by love.

Until love is fulfilled,

We cannot escape from it.

Until love forgives us,

We must continue to seek it.

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2 件のコメント

  • 後悔してももう手遅れかも知れないけれど、これから愛を受け入れ続けるとするなら、赦してくれるのかな?

  • 昨夜は生朗読有難うございました。
    頼麦さんの詩を文字で読むのも理解が深まって大好きです。
    しかし、生の声で聴くと凄くリアリティー感が増します。

    今回私がフォーカスしたのは『ないがしろ』です。
    この行為は愛情があっても同時に行われるので気づきにくい
    そこが一番怖いところです。

    相手のことを愛しているのです。嘘偽りなく。
    世の中で最も愛おしとも思っているのです。
    けれども、この行為はじわじわと二人の間に染み込んで
    心のき絆までも崩壊させてしまいます。

    「あんなに仲が良かったじゃないですか?」と電話。
    この若者になんと説明すればよいのか?
    これまでの事を全て話せるわけもなく、2人で育んだ事実がある事は間違いないし。
    口に出た言葉が『ないがしろ』。
    なんと、この独身の若者は一瞬で理解したのです。
    驚きました。
    きっと誰の心にもある感情なのかも知れません。
    私の解釈は、きっと誰よりも自分自身を一番愛していると思います。
    自分を第一優先に考えて欲しい…と。

    頼麦さんの詩から離れてしまいました。ごめんなさい。

    昨夜の配信で、恋と愛の違いの話の中で「男性にも恋をしたことがある」と言われました。
    確かに、私にも女性で敬愛する々3名います。
    私は憧れと解釈していましたがそんな感情を恋と表現されたのかも知れません。

    最後に私が尊敬しているマザーテレサの言葉で締めくくります。
    思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから
    言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。
    行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。
    習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。
    性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから。

    私達は大きな事は出来ません。
    小さな事を、大きな愛で行うだけです。
    私もこういう姿勢で生きて居たいです。
    何も、誰をもないがしろにせずに。

    長文失礼しました。  むぎりす

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