木製のベンチ

 

鳩が群れをなして飛んでいる。

 

快晴。

 

散歩にはいい日和だ。

 

車が来ない。

 

思い切って車道を渡り、渡った先の柵を一息に飛び越える。

 

これだけで息が切れてしまった。

 

やはり、引きこもりにも運動の習慣は必要なのかな。

 

今度、車道を渡り、渡った先の柵を飛び越える練習でもしようかな、と思う。

 

角を左に曲がると、いつもは幼児とその母親で賑わう公園に出る。

 

今日は珍しく彼女らの姿が無いので、少しベンチにでも座っていこう。

スポンサーリンク

 

世界を感じる

 

グラウンド側の入り口に入ってすぐの2つ並んだベンチの右側に座った。

 

なぜ、右を選んだのか。

 

なんとなくだ。

 

古びた木製のベンチは、しっかりと75kgの体を支えてくれた。

 

さて。

 

ベンチからの景色を見渡す。

 

正面にマンション、大きなけやきの木。

 

大きなけやきの木の下にはベンチがあり、老婦人が一人座っている。

 

先ほど群れをなしていたものか、鳩が一羽、そばで地面をついばんでいるのが見える。

 

右の方、奥には銀杏が黄色く染まっている。

 

かなり奥行きのあるグラウンドだ。

 

足元にはミミズが一匹、干からびた姿で丸まっている。

 

晩秋の日差しに力尽きたのだろうか。

 

ポトリ。

 

葉が落ちてきた。

 

少し見上げると、もう一枚、大きな葉がくるくると回転しながら落ちてくる。

 

大きな葉は落ちるのが遅い。

 

目には見えぬ、空気の抵抗を受けているからである。

 

けやきの木陰に着地した。

 

木陰。

 

木陰とは、何を指すのであろうか。

 

グラウンドに描かれたけやきの木の影を指すのか、直射日光の届かない空間を指すのか。

 

落ち葉 on 木陰 なのか、 落ち葉 in 木陰なのか。

 

そんなことはどうでもいいんだ。

 

でも、言葉遊びは面白い。

スポンサーリンク

 

言葉遊び

 

よし、ゲームをしよう。

 

思ったことを全て口に出すゲームだ。

 

風が心地いい。

 

鳥の鳴き声が聴こえる。

 

けやきの葉が揺れている。

 

不思議なもので、口に出すと言葉は実体を得る。

 

別の言葉で表現するならば、重みを持つ。

 

頭の中だけで巡る言葉よりも身に刻まれる。

 

口に出した途端に、その言葉は自分だけの言葉ではなくなる。

 

もしかすると、風に乗って向こうのベンチに座る老婦人に届いたかもしれない。

 

これは話し言葉に限った話ではない。

 

むしろ現代に於いては、時に話し言葉よりも重みを持つ言葉、書き言葉。

 

話し言葉は宙に浮くが、書き言葉は留められてしまう。

 

なんどもなんども読み返すことができる。

 

最近は話し言葉も録音されたりするけどね。

 

そして、最後はボディーランゲージ。

 

表情なんかも含まれるね。

 

これは現実世界を生きていく上で重要らしい。

 

僕はこれが下手だ。

 

これが上手ければ、うまく世界を渡っていけたのだろうなぁ。

 

ともかく、言葉には三種類あるらしい。

 

話し言葉、書き言葉、ボディーランゲージ。

 

しかし、どの言葉にも共通することがある。

 

これらの言葉は、人を喜ばせ、怒らせ、哀しませ、楽しませるということだ。

 

言葉は人を癒すし、言葉は人を傷つけるんだ。

 

口にした瞬間、指で打った瞬間、その言葉は重みを持つ。

 

そして、それが誰に届くかなんて誰にもわからないんだ。

 

だからこそ、僕達は自分の発する言葉に注意を払わなくちゃいけない。

 

できれば、僕の発する言葉は人を癒すものであってほしい。

 

そう思って活動しているんだ。

スポンサーリンク

世界を愛する

 

言葉遊びをやめて、もう一度、目の前の美しい世界に目を向けた。

 

多くの人は色を感じることができる。

 

感じられない人もいる。

 

不謹慎なのかも知れないが、僕は感じられない人を羨ましく思うことがある。

 

感じられる有り難みを知ることができるからだ。

 

例えば、あのマンションにかかっている洗濯物は実にカラフルだ。

 

下着まではっきりと見えている。

 

高層階だからって油断をしているらしい。

 

色を数えてみようか。

 

緑、オレンジ、水色、白、若葉色、土色、緋色、、、

 

色にも名前があり、世界を表現するには色の名前を知らねばならない。

 

名前を知る。

 

または、名付ける。

 

名前を知るとは、名付けるとは、世界を愛するということなんだ。

 

名前や言葉を知るほど、世界の感じられ方は変わってくる。

 

世界を感じる解像度が変わってくる。

 

ふと、右から風が吹く。

 

僕は少し右に首を傾ける。

 

例えば、名前や言葉をあまり知らない場合。

 

「今僕は、右に首を傾けたなぁ」

 

と思う。

 

これに、少し名前や言葉の知識を足してみると、

 

「今、右から吹いた風によって、被っている帽子のつばが風圧を受けたため、帽子が飛ばないように空気抵抗を下げる必要があった。従って、流体力学に乗っ取った首の傾きを算出し、首を傾けた」

 

こうなった。

 

あれ、書いてみると面倒臭いや。笑

 

知っていても、口に出さないくらいが、みんな生きやすいのかも知れないね。

 

そんなことを考えていたら、鳩が飛び立った。

 

僕も立ち上がった。

 

 

 

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です