冥土喫茶
夜咄 頼麦 作
この文章の著作権は夜咄頼麦に帰属しますが、朗読についての著作使用権は解放しております。YouTubeでの朗読、声劇、そのほか音声表現活動などで自由にお使いください。
その際、この原作ページのURLを作品などに掲載していただきますよう、お願い申し上げます。
もくじ
「いやぁ、うちの息子、冬次にも困ったもんだなぁ。まぁ、あれだけ真面目だと親としては心配がないといえばないのだが、あまり真面目すぎるというのも良くないもんだ。特にうちは商売をやっている家だからいずれ店を継ぐ息子が真面目なだけの堅物では、うまく世渡りもできないだろう。少しは遊びというか、柔らかさも息子には取り入れてほしいもんだなぁ。あぁ、そんなこと言っていたら帰ってきた。おかえり」
「ただ今戻りました。大変遅くなってしまい、申し訳ございません」
「冬次、おかえり。いや、帰ると言っていた時間のピッタリ五分前じゃないか。何も遅れてなんかいないだろう。それで、どこへ出かけてきたんだ」
「近所に最近できた図書館まで行って参りました。なんでもこれが、国や自治体が運営しているものではなく、個人が趣味で立てた図書館だと言うことで、視察に行って参りました」
「視察ってお前、うちと図書館は商売敵でもないんだ。攻め込む訳でもあるまいし。それで図書館ではどんな本を読んできたんだ」
「はい、辞書を読んで参りました」
「辞書?図書館で辞書を読む大学生がいるか。お前まだ二十一歳だろ」
「そうではございますが、この辞書の内容が大変興味深いのです」
「何が書いてあったんだ」
「よく、冥土の土産なんて言葉を聞くことがありますよね。あの冥土の土産は映画やドラマでは、これからお前をあの世へ送ってやる、その土産話に真実を教えてやろう、このような使い方をされております。しかし、僕の読んだ辞書に因りますと、冥土の土産と言うのは、本来生きていたときの楽しい思い出をあの世へもっていくと言う意味だそうです。映画やドラマでの使い方は、僕は誤っていると思うのです」
「なるほど。確かに定義通りに考えると、これは誤った使い方に見えるかもしれないが、冬次、これはな、皮肉というものなんだよ」
「皮肉、と申しますと?」
「定義通りの言葉には表れない、皮肉を込めた台詞なんだよ」
「なるほど。大変勉強になります」
「こんな日常の会話でメモなんてとらなくてもいい。お前はまだ若いんだ。勉強ばかりしていないで、もう少し遊びも覚えていったらどうだ」
「遊びと申しましても、僕が知っている遊びと申しますのは、言葉遊びくらいのものです」
「言葉遊び、ではなくてだな。お前もこれから家業を継ぐに当たって、表面上の事ばかり知っているだけでは、商売はやっていけない。もう少し世の中の裏と言うところも覗いてみる必要があると思うんだ」
「裏、ですか。そんなものは怖くて覗きたくありません。おっと、そんなことを申しておりましたら、約束の時間が近づいて参りました。実はこれから、幼馴染の源太くんと喫茶店に行くことになっているんです」
「ほう、男二人で喫茶店とは珍しいな。どのあたりにある喫茶店なんだ」
「それが、今日行く喫茶店は秋葉原にあるそうでして、なんでも、一風変わったサービスを提供していると言うことだけは聞いております」
「ほう。一風変わったサービスとはなんだ」
「いえ、なんでも、何やらおまじないを口にする必要があるだとか、お酒を飲むことができるだとか、そんな話だけは聞いております」
おまじないをしてお酒も飲める喫茶店と聞き、冬次の父は全てを理解しました。
源太くんは冬次の幼馴染ではありますが、冬次とは真逆に垢抜けたやんちゃな男です。
これはいい機会かもしれないと、父は思いました。
「なるほどなるほど、それはいい店に連れて行ってもらえるな。一風変わったサービスというのは、経験しているだけで経営のヒントになったりする。父さんも若い頃はよく行ったもんだよ。源太くんはお前よりも余程、秋葉原を歩き慣れているだろうから、いろいろな遊びを教えてもらうといい」
「そういたします」
「うむ。そういうことであるなら、その源太くんと一緒に行くであろう喫茶店について、父さんからもいくつかアドバイスをしておこう」
「助言をいただけるのですね!ぜひよろしくお願いいたします」
「だからメモを構えるな。まずは先程のおまじないの話だが、このおまじないは決して恥ずかしがることなく言い切ることが大切だ」
「恥ずかしがることなく…おまじないと言うのは、きっと願掛けみたいなものですよね?恥ずかしがることなど無いと思うのですが」
「そうだな。確かに一般で言うおまじないをかけるに、恥ずかしい事はないだろう。しかし、喫茶店で唱えるおまじないと言うのは特殊でな。これを羞恥心無く唱えることができるか否かで、楽しめるかどうかが変わってくるんだ」
「なるほどなるほど。勉強になります」
「それから、お酒の話なんだが、お前はお酒はあまり強くなかったな」
「はい、お酒を飲むとすぐに気分が悪くなってしまいます」
「それであれば、最初の一杯を付き合えと言われたら、しっかりと失礼のないようにお相手をするんだ。どうしても飲めないのであれば、後からこっそり洗面台へ行って流してやるのがよろしい」
「承知しました。そのように致します。あとは何かございますか、父上」
「最後はお勘定のことだ」
「お勘定…最後のお会計の事ですね」
「そうだ。お会計をする際に、手を挙げて大声でお金を払いますと言うのは不躾だ。こっそりと出口に行って、連れて行ってもらったお礼に、源太くんの分まですっかり払ってしまいなさい」
「いえ、そこはさすがに割り勘をした方が常識的で、無難なのではないでしょうか?」
「いや、源太くんは最近、あまりいい噂を聞かなくてな。あまり割り勘をするなどと言うと後が怖いから、やめておきなさい」
「かしこまりました。こっそり先に支払うように致します」
「よし。せっかくの機会だ。世の中のことをちょっと勉強してきなさい」
「分かりました。ありがとうございます、父上」
こうして冬次が広い前庭を横切って玄関の門を出ますと、そこには金髪に派手な服装をした源太が待っておりました。
「あぁ、源太くん。今日も派手だね」
「おぉ、やっときたか冬次。黒ぶちの丸眼鏡って…真面目の権化みたいなやつだな」
「これが落ち着くんです。いや、お待たせ致しました。ちょっと喫茶店について、父上に教えを乞うていたんです」
「喫茶店についての知識?なんだそりゃ」
「いえ、なんでも秋葉原の喫茶店ではおまじないを言う必要があるそうですね」
「あぁ、そうだな。メニューによっては必要だ」
「メニューによって?おまじないの必要なメニュー…呪われたメニューでもあるのでしょうか。なんにせよ、このおまじないは決して恥ずかしがることなく言い切ることが大切だと教わりました」
「それは確かにな。こちらが恥ずかしがっていると、相手もやりづらいからな」
「相手?相手とは誰ですか?」
「い、いや、なんでもない。それで、他には何を教わったんだ」
「他ですと、お酒は最初の一杯を付き合えと言われたら、しっかりと失礼のないようにお相手をし、どうしても飲めないのであれば、後からこっそり洗面台へ行って流してやるのがよろしいと聞きました」
「なんだ、洗面台に流すって。もったいない。そんなことするなら譲ってほしいもんだ」
「他にも、お勘定をする際に、手を挙げて大声でお金を払いますと言うのは不躾で、源太くんは最近、あまりいい噂を聞かないので、あまり割り勘をするなどと言うと後が怖いから、やめておけと言われました」
「おいおい、本人の前で言うやつがあるか。まあ、おごってくれるんなら嬉しいけどよ。もういいや、とにかく行こうぜ」
こうして2人は電車に乗りまして、秋葉原駅で降りますと、しばらく表通りを歩きます。
路上には手持ち看板を持って客引きをする華やかな女性たち。
冬次は目を合わせないようにしながら、足早に先を急ぎました。
「おいおい、速すぎるだろ!待てって」
源太も追うように横道へ入ります。
横道に入りますと、少し奥まったところに、何やらキラキラと光り輝く入り口が見えて参りました。
「なになに?メイド喫茶…源太くん、メイド喫茶と言うのは一体どういう意味ですか?」
「これはだなぁ、メイドってのはカタカナで書いてあるが、ここでは漢字で書く冥土、あの世のことを言ってんだよ。冥土の土産って言葉があるだろ。あれだ」
「なるほど、世の中にはそんな恐ろしい名前をつける喫茶店があるんですね」
「なんだそのメモ。まぁ…ここの喫茶店は内装までとても凝っていて、非日常を提供するお店というテーマでやってんだよ」
「そうなんですか、それなら今の僕にはぴったりですね」
「だろ?ともかく中に入ろうぜ」
外階段を上り、店内へ入りますと内装は確かにたいへん凝っています。
入口脇のカウンターにいる、大柄な男に軽く会釈をし、二人は入店しました。
しかし、どうやら待ち時間があるようで、二人はパイプ椅子に座って待つことになりました。
堅物の冬次も、流石に事前に聞いていた話と全く違う店の様子に、何やら感づいたようです。
「源太くん、これであの世というのは、さすがに無理があるのではないかな」
「ん?そうか?」
「あの世をテーマにしているにしてはあまりに低俗な内装に見えます」
「そんな事はないだろう。お前〜、あの世に行って、見て帰ったことでもあんのかよ。ないだろ?じゃあ、わかんないじゃねえか」
「それはそうですけれど…。それに、この店は個室で接客を受けるタイプのようですが、部屋から漏れてくる、あの意味のわからない言葉にも非常に不安を掻き立てられます」
「それが所謂おまじないってやつだ。今のうちに復唱して練習しておけよ」
「練習?僕は喫茶店にまじないの練習をして時間を潰すために来た訳ではないんです。このまま帰らせてもらいます」
「いやいや、ちょっと待てよ。一人残される俺の身にもなれよ」
「いや、それでも僕は帰ります。こんなお店、もう一秒でも居られません」
「まずい。冬次が先に帰っちまうと、奢ってもらえなくなっちまう。今日財布持ってきてねえんだよ。何とかして引き止めないと」
「全部聞こえていますよ」
「いや、帰りたい気持ちはわかるが、冬次。入口脇のカウンターにいた男は見たな?」
「確かに強面の無口な男性がいらっしゃいましたね」
「ああ。俺はこの店に何度か来たことがあるから、あの男のことを良く知っているんだが、あいつは実はこの店の店長でな。お前が今日行ったっていう新しい図書館の館長をしている男でもあるんだ」
「なんですって?あの強面の男が図書館の館長?」
「そうだ。実はあの店長、このメイド喫茶と図書館のどちらかの施設で失礼があった客は、どちらの施設も出入り禁止にすることで有名なんだぜ」
「なんですって!では、このまま帰ったりすると図書館の方にもいけなくなってしまうと言うことですか?」
「そういうことだ。今は大人しくサービスを受けて、それから帰ったほうがいいだろうな」
「それは確かに困りますが、それでも僕はこんなお店に似合いません。図書館なら他の施設に行けばいい。このまま先に帰らせてもらいます」
「いやいやいや、待て待て。まだ話は終わっていない。あの店長は、客を楽しませることにこだわるあまり、今のお前のように楽しくなさそうな表情で出ていく客を絶対に返さないらしい。お前がそんな表情をしながら出て行こうとしてみろ、すぐに捕まって、店長自らの濃厚なサービスを受けることになるぞ」
「店長自らの濃厚なサービス…それはそれでなるべく避けたいところですが、それでも帰らなければ」
「お待たせいたしましたご主人様」
源太の必死の引き止めの甲斐があって、ここで案内の声がかかりました。
嫌がる冬次を無理矢理ひっぱって一番奥の個室に送り、遠くであがる悲鳴を尻目に、源太は安心して自分の個室に入りました。
さて、困ったのは一人残された冬次です。
案内の女性に促されるまま、丸テーブルの横のソファに腰掛けましたが、どうにも落ち着きません。
なるべく粗相をしないよう、目の前のメニューの余白をじっと見つめます。
その後、始まったやり取りもチグハグで、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「あ、はい、ただいま…」
「当店のご利用は初めてですかにゃ?」
「接客業だというのに、言葉遣いが乱れておりませんか?」
「にゃ?」
「初めてです…」
「そうにゃのですね。まず初めにお飲み物を決めていただくのですが、お飲みになる際に、ご主人のお力をお借りしないと、完成しないんですよお」
「未完成の品を客に出すなんて失礼ではありませんか?」
こんな具合でございました。
さて、このメイド喫茶は、サービスに当たり外れがあることで有名でした。
役になり切っているスタッフに当たれば、それはそれは楽しい時間を過ごせます。
しかし、そうでないスタッフに当たれば、口コミサイトでお金の払い損だと酷評される始末です。
いずれにせよ、早くに部屋から出てくる客は、あまり良い接待を受けたとは言えません。
さて、先に現れたのは源太の方です。
源太は、個室から出るとぶつぶつと言いながら扉を閉めました。
「なんだよ。最初にちょっと話したっきり、お花を摘みに行くだなんて言って帰ってこねえじゃねえか。それっきり一人でオムライスを食うだなんて、全くこれじゃただのちょっとお高いファミレスだ。まあ、当たる日だってあるから、この店はやめられないんだけどな。さて、冬次はまだ出てきてねえな。仕方がないから迎えに行ってやるとするか。確か一番奥の部屋だったな。さぞかし暗い表情で迎えが来るのを待ってんだろうな。ちょっとかわいそうなことをしたかな」
そう言って冬次の部屋の前に立ちます。
「おーい!冬次!そろそろ帰るぞ」
中からの返事はありません。
「冬次?開けるからな」
それでも返事はありません。
仕方なく、源太は引き戸を開けることにしました。
「開けるぞー。おぉ!?」
扉を開けた先には信じがたい光景が広がっておりました。
部屋の中央の丸テーブルは飲み干されたお酒で散らかり、大層盛り上がったことが伺えます。
壁際のソファには数々のメイドに囲まれて、足を組み、ふんぞり返っている冬次がいました。
一番上まで締められていたボタンは外され、シャツは着崩されています。
いつの間にやら黒ぶちの眼鏡は無く、前髪はかきあげられていました。
人気があり過ぎて、両脇のメイドの肩に手を添える始末です。
メイド達も悪い気はしていないようで、中には源太の接待をしたスタッフも混じっておりました。
「おいおい、なんでお前までこっちの部屋にいるんだ。俺の担当じゃないのか?おい、冬次。お前あんなに嫌がっていたのに何があったんだよ」
冬次は答えます。
「いや、メイド喫茶なんて低俗だと思っておりましたが、案外このような遊びも悪くは無いものですね。楽しくてなりませんよ。ね、君たち」
「はい、ご主人様!」
「あぁ、そうか。それはよかったな。だがそろそろ時間だ。帰るぞ」
「そうしたいのは山々なのですが、この子たちが離してくれないんですよ」
「お前、性格変わり過ぎじゃないか?もういい、じゃあ先に帰るから、お前はゆっくりしてろ。俺はこの後バイトが入ってんだ」
その言葉に、冬次は一言、返しました。
「そんな表情で帰ったら、出口で店長に止められますよ」
おしまい
スポンサーリンク
誤字脱字はなく大変読みやすかったです。
真面目だった冬次が、メイド喫茶ならぬ冥土喫茶に行って180度性格が変わってしまったオチが面白かったです。
源太のメイドさんも最終的には冬次の方に行くくらい魅力的になったみたいで、冬次のお父さんの思惑通りになったと言うわけですね。
投稿お疲れさまでした❗
誤字、脱字は見当たりませんでした。
ただ、文字を読み進めていると、量の多さ=文章の長さに今更ながら、驚きました
これを書かれて、読まれたのてすよねえ。OMG
冥土喫茶は、タイミングよく作成に参加出来て思い入れがあります
色々なアイデアを取り入れ、瞬時に対応される手腕には脱帽
前半のピュアな冬次君から後半への変化を強く!なんて、偉そうに、コメントしましたが、学生時代を思い出して懐かしくて…
凄く楽しかったです❤️
面白すぎです。
あっという間に終わってしまい・・
「え!! 終わっちゃったの?」
読み終えた後は、何だか、気が抜けてしまったー。 もっと、読んでいたかったわ~