【フリー台本】イナ -序-【1人用|2分】

僕がまだ小さかった頃、洗濯機に落っこちたことがあった。

両親と泊まった新築のホテル。

木の階段を上った二階のおどり場の、場違いな洗濯機。

真っ白くて、やけに格好良くて、夜中に一人で起き出して、中を覗いてみた。

そうしたら、あっという間に吸い込まれてしまって、気づいたら別の場所に居た。

どこもかしこも黄色く染まった世界。

たくさんの本の読めない背表紙。

元いた場所に帰りたくて歩いたけれど、なんだか足はピリピリするし、息苦しいし。

心細くて、目をつむって泣いてしまった。

でも、独りで居た暗闇の中から、やわらかい声がしたんだ。

「ぼうやはこっちに来ちゃいけないんだよ」

優しい温もりを感じた。

母さんが来てくれた!

僕は嬉しくなって目を開けたよ。

そうしたら、

元の洗濯機の前に座っていたんだ。

なんだ、夢だったのかな。

そう思って、部屋に戻ろうとした僕の靴は、

底が溶けてしまっていた。

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