一寸法師
夜咄 頼麦 作
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この文章の著作権は夜咄頼麦に帰属しますが、朗読についての著作使用権は解放しております。YouTubeでの朗読、声劇、そのほか音声表現活動などで自由にお使いください。
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むかしむかし、山あいの小さな村に、心優しいおじいさんとおばあさんが住んでいました。二人は長い間子どもに恵まれず、毎日神様にお祈りをしていました。
「どんなに小さくてもかまいません。どうか私たちに子どもを授けてください」
すると不思議なことに、おばあさんのお腹に赤ちゃんが宿りました。二人の喜びはそれはそれは大きなものでした。やがて生まれてきた男の子は、なんと大人の親指ほどの小さな体をしていました。でも、その小さな目は宝石のように輝いて、産声もとても元気でした。
おじいさんとおばあさんは、その子を一寸法師と名付けて、まるで宝物のように大切に育てました。一寸法師は体こそ小さかったものの、心は誰よりも大きく、勇敢で優しい子どもに育ちました。虫たちと遊んだり、花びらの上で踊ったり、村の人々を笑顔にするのが得意でした。
何年経っても、一寸法師の体は少しも大きくなりませんでした。でも本人は全く気にしていません。
「僕は小さいけれど、大きな夢があるんだ」といつも明るく笑っていました。
ある春の日のことでした。山桜の花びらが舞い散る中、一寸法師はおじいさんとおばあさんに向かって言いました。
「お父さん、お母さん、僕は都に出て、立派な侍になりたいのです」
おじいさんとおばあさんは驚きました。
「一寸法師や、お前はまだ小さいのに、都なんて危険なところへ行ってはいけません」
でも一寸法師の決心は固く、毎日同じことを言い続けました。
「僕には僕にしかできないことがあるはずです。都で困っている人を助けたいのです」
その熱意に心を打たれたおじいさんとおばあさんは、ついに一寸法師を送り出すことにしました。おばあさんは縫い針で小さな刀を作り、おじいさんはお椀で舟を、お箸で、かいをこさえてくれました。
「気をつけて行っておいで。そして、困ったことがあったらいつでも帰っておいで」
二人に見送られた一寸法師は、川をお椀の舟で下って都を目指しました。川の流れは時に激しく、時に穏やかで、小さな舟は木の葉のように揺られました。それでも、一寸法師は少しも怖がりません。旅の途中で鳥や魚たちとも仲良くなり、みんなが一寸法師の旅路を応援してくれました。
何日も何日も旅を続けて、ようやく都の美しい街並みが見えてきました。用水路の脇で船を降りた一寸法師は、都の中でも一番立派なお屋敷を見つけ、門をくぐって「お侍にしてください」とお願いしました。
そのお屋敷の主は三条大臣という立派な方でした。大臣は、小さいのにとても礼儀正しい一寸法師を見て感心し、こう言いました。
「そなたの勇気は立派じゃ。わしの一人娘、春姫のお守りを務めよ」
春姫様は都でも評判の、美しく優しいお姫様でした。一寸法師が挨拶をすると、春姫様は微笑んで言いました。
「まあ、なんて小さくて可愛いお侍様でしょう。どうぞよろしくお願いします」
一寸法師は春姫様のお守りとして、毎日一生懸命に働きました。お茶を運んだり、お庭の見回りをしたり、時には春姫様の肩の上に乗せてもらって、一緒にお花を眺めたりもしました。
春姫様は一寸法師の小さな体に大きく勇敢な心が宿っていることを知り、だんだんと気持ちを寄せるようになりました。
そんな平和な日々が続いたある日のことでした。春姫様が清水寺にお参りに行った帰り道、突然大きな赤鬼が現れました。
「おおおおい!その美しい姫を俺様によこせ!」
鬼は恐ろしい声で叫びながら、ごつごつとした手を伸ばし、春姫様に向かって走ってきました。他の家来たちはあまりの怖さに腰を抜かしてしまいました。
でも一寸法師だけは違いました。春姫様の前にぴょんと飛び出すと、針の刀を抜いて叫びました。
「待て!春姫様に指一本触れさせはしない!」
鬼は小さな一寸法師を見て大笑いしました。
「はっはっは!米粒のような奴が何を言うか!」
そして一寸法師をひょいとつまんで、ぱくりと飲み込んでしまいました。春姫様は「一寸法師さん!」と叫びましたが、もう彼は助からないように思えました。
ところがどうでしょう。一寸法師は鬼のお腹の中で針の刀を振り回し、鬼の内臓をちくちくと刺し始めました。
「痛い痛い!お腹が痛い!」
鬼は苦しみながら地面を転げ回りました。それでも一寸法師は止めません。
「春姫様を驚かせたことを謝れ!さもなければ、ずっと刺し続けるぞ!」
「ぐうう!参った参った!もう二度と悪さはしない!許してくれ!」
鬼は泣きながら謝ると、一寸法師を吐き出して、どこかへ逃げて行ってしまいました。その時、鬼が落としていった小さな宝具がありました。それは願いを叶えてくれるという、伝説の打出の小槌でした。
春姫様は一寸法師を抱き上げて言いました。
「一寸法師さん、ありがとう。あなたのおかげで助かりました」
そして打出の小槌を振りながら願いました。
「一寸法師さんが普通の大きさになりますように」
すると不思議なことが起こりました。一寸法師の体がみるみる大きくなって、とても凛々しい若侍の姿になったのです。大きくなっても、一寸法師の優しい心に変わった様子はありませんでした。
春姫様とその一行が無事に都に帰ると、三条大臣は一寸法師の勇敢な行いを聞いて大変感動し、一寸法師に堀川少将という立派な名前を与えました。そして、娘と青年が思い合っていることを知り、二人の結婚も認めてくださったのです。
一寸法師と春姫様の結婚式は都中の人々が祝福する、それはそれは盛大なものでした。二人は一寸法師のふるさとから、おじいさんとおばあさんを都に招き、大きなお屋敷で一緒に暮らすことにしました。
「一寸法師や、よく頑張ったな」
おじいさんは涙を流して喜びました。
「あなたの勇気と優しさが、こんなに素晴らしい幸せを運んでくれたのですね」
おばあさんも嬉しそうに言いました。
一寸法師は春姫様の手を取って言いました。
「僕の体は小さかったけれど、たくさんの人たちの愛情を受けて、心は大きく育ちました。これからは、僕が多くの人を幸せにしたいと思います」
そうして一寸法師は堀川少将として都の平和を守り、困った人を助ける立派な侍となりました。春姫様と共に善い行いを重ね、村からやってきたおじいさんとおばあさんと一緒に、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
おしまい
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