むかしむかし、ある山あいの小さな村に、正直で心やさしいおじいさんとおばあさんが住んでおりました。二人はとても仲が良く、毎日楽しく暮らしておりました。おじいさんは毎朝早くに山で木を切り、おばあさんは畑で野菜を育てました。
ある秋の日のことでございます。おじいさんはいつものように山へ木を切りに出かけました。空は高くすみわたり、山の木々は美しく色づいて、とても気持ちの良い朝でした。おじいさんは鼻歌を歌いながら、せっせと斧をふるって働いておりました。
お日様が真上にのぼるころになると、おなかがぐうぐうと鳴り始めました。そこで、おじいさんは大きな杉の木の根元に腰を下ろしました。
「どれ、そろそろお昼にしようか」
おばあさんが心を込めて作ってくれたお弁当を開けると、中にはきれいな形の美味しそうなおむすびが二つ入っておりました。
「ありがたいことじゃ。今日もおばあさんが美味しいおむすびを作ってくれた」
おじいさんは嬉しそうに一つ目のおむすびを手に取りました。ところが、うっかり手をすべらせてしまい、おむすびがころころと転がって、杉の木の根元にぽっかりと空いた穴に落ちてしまいました。
「ああ、しまった。もったいないことをしてしまった」
おじいさんが困っていると、穴の奥からかわいらしい歌声が聞こえてきました。
「おむすび ころりん すっとんとん
おいしいおむすび ありがとう
みんなでなかよく いただこう
おむすび ころりん すっとんとん」
その歌声はとても美しく、心が温かくなるような優しい声でした。おじいさんは穴に耳を近づけたまま、思わず聞き入ってしまいました。
「なんと美しい歌声じゃろう。きっと穴の中の小さな生き物たちが喜んでくれているのじゃな」
おじいさんは残ったもう一つのおむすびを見つめました。自分のお昼ご飯がなくなってしまいますが、こんなに喜んでくれるのなら、このおむすびも分けてあげようと思いました。
「こちらもどうぞ」
おじいさんは優しくほほえんで、二つ目のおむすびも穴の中に転がしました。すると、さらに美しい歌声が響いてきました。
「おむすび ころりん すっとんとん
やさしいひとだ ありがとう
こんどはあなたも おいでなさい
おむすび ころりん すっとんとん」
おじいさんがその歌声に夢中になって穴をのぞきこんでいましたが、足を滑らせて穴の中にころりと落ちてしまいました。
「わあああ」
気がつくと、おじいさんはねずみの掘ったほらあなの中にいました。目の前には、それはそれは立派なお屋敷が立っており、たくさんの小さなネズミたちが住んでおりました。ネズミたちは皆、美しい着物を着て、とても上品な様子でした。
「いらっしゃいませ、優しいおじいさん」
一匹のネズミが前に出てきて、丁寧にお辞儀をしました。どうやらネズミたちの王様のようでした。
「美味しいおむすびを分けてくださって、本当にありがとうございました。私たちはここで平和に暮らしているネズミの一族でございます。今日はちょうど秋の収穫を祝うお祭りの日なのです。ぜひ一緒にお祝いをしていってください」
そう言うと、ネズミたちは輪になって踊り始めました。ぺったん、ぽったん、ぺったん、ぽったんと、もちつきの音に合わせて、とても楽しそうに踊っています。おじいさんもその輪の中に加わって、一緒に踊りました。
踊りが終わると、ネズミたちはおじいさんに美味しいきなこもちをたくさんごちそうしてくれました。つきたてのおもちはやわらかくて、きなこの香りがとても豊かで、おじいさんは生まれて初めて食べるような美味しさに感動しました。
「これほど美味しいおもちは初めてじゃ。皆さんの心づかいが何よりうれしいのう」
おじいさんがお礼を言うと、ネズミの王様が言いました。
「おじいさんの優しいお心に感謝して、心ばかりの品をお持ち帰りいただきたいのです」
そう言って持ってきたのは、美しい黒ぬりの重箱でした。
「中にはささやかな贈り物を入れさせていただきました。どうぞお納めください」
おじいさんはありがたく、お重を受け取りました。
ネズミたちに見送られて、おじいさんは元の世界に戻ってきました。空はもう夕やけ色に染まっていましたが、ふしぎと疲れは感じませんでした。
家に帰ると、おばあさんが心配そうに待っていました。
「おじいさん、遅かったですね。何かあったんですか」
おじいさんは今日の出来事をすべて話しました。最初はおばあさんも驚いていましたが、おじいさんがあまりにも生き生きと楽しそうにしているので、だんだんと信じるようになりました。
「それで、そのお重には何が入っているのでしょう」
二人はおそるおそるお重のふたを開けました。すると、中には美しい小さな巻物が入っていました。しかも、それだけではありません。その下には美しく光る小判がたくさん入っていたのです。
おばあさんが巻物を開くと、そこには丁寧な文字でこう書かれていました。
「優しいおじいさん、この小判はおじいさんの優しい行いへの感謝の気持ちです。どうぞ、お好きに使ってください」
おじいさんとおばあさん、それはそれは大変よろこびました。
「なんと心優しいネズミたちじゃろう。ありがたく使わせてもらおうか」
この話は、となりに住むよくばりな夫婦の耳にも入りました。よくばりじいさんとよくばりばあさんは、小判の話を聞いて目をかがやかせました。
「わしたちもあの穴に行けば、同じように小判がもらえるに違いない」
次の日、よくばりじいさんは、大きな風呂敷にたくさんのおむすびを包んで山に出かけました。
穴を見つけたじいさんは、一度にたくさんのおむすびを穴に投げ入れました。そして歌声も聞かずに、あわてて自分も穴に飛び込みました。
ネズミのお屋敷に着いたよくばりじいさんを、ネズミたちは優しく迎えてくれました。しかし、じいさんは踊りなどを見ている場合ではないと思い、出されたきなこもちにも手を付けず、きょろきょろと小判を探していました。
小判の入っているであろう黒ぬりの重箱を見つけたよくばりじいさんは、それを盗もうとしました。そして、ネズミたちを驚かそうと思って、大きな声で猫の鳴きまねをしました。
「にゃーお!にゃーお!」
ネズミたちは驚いて走り回りました。その中で、いっぴきだけ落ち着いていた王様は大きな声で言いました。
「皆のもの!やられたままではすまさぬぞ!思い知らせてやれ!」
ねずみたちはいっせいによくばりじいさんに飛びかかりました。そして、そのじまんの歯でじいさんのあちこちにかみつきました。
「いたいいたい!ゆるしてくれー!」
よくばりじいさんはあわててねずみたちの穴から逃げ出しました。その手には何も残っていませんでした。
家に帰ったよくばりじいさんは、よくばりばあさんに怒られました。しかし、二人はこの出来事をきっかけに、自分たちの心の貧しさに気づきました。
その後、よくばりだった夫婦は少しずつ心を入れ替えました。となりの優しいおじいさんとおばあさんを見習って、人に親切にすることを覚えました。するとふしぎなことに、心が豊かになるにつれて、暮らしも少しずつ良くなっていきました。
毎年秋になると、あの山の杉の木の根元からは、美しい歌声が聞こえてくるそうです。村の人々は、それをネズミたちの歌声だと信じて、今でもときどき、おむすびをお供えしているそうです。
おしまい
スポンサーリンク
最近のコメント