むかしむかし、緑豊かな足柄山の奥深くで、金太郎という元気な男の子がお母さんと二人で暮らしていました。金太郎は生まれた時から驚くほどの力持ちで、まだ立ち上がることもできない頃から、重い石臼をずるずると引きずってお母さんを驚かせていました。
「まあ、なんて力の強い子なのでしょう」とお母さんは微笑みながら言いました。「きっと将来、みんなの役に立つ立派な人になるわ」
金太郎が歩き始める頃になると、お母さんは愛情を込めて赤い腹掛けを縫ってくれました。でも腹掛けは金太郎の体には随分と大きいものでした。
「どうしてこんなに大きいの?」と金太郎が聞くと、お母さんは優しく答えました。
「あなたがすくすくと大きく育ってほしいという、お母さんの願いが込められているのよ。きっとすぐにぴったりになるわ」
その言葉の通り、金太郎はぐんぐん大きくなりました。お母さんが作ってくれた腹掛けも、いつの間にか丁度良い大きさになっていました。
金太郎の体が大きくなり、力もついたことを見たお母さんは、立派な斧を金太郎に贈りました。
「これで薪割りを手伝ってくれるかしら」
金太郎は喜んで斧を受け取り、毎日薪割りを手伝うようになりました。太い木も金太郎の手にかかれば、まるで竹を割るように簡単に割れてしまいます。
「金太郎のおかげで、この冬も暖かく過ごせそうだわ」とお母さんは嬉しそうに言いました。
そんなある秋の日のことでした。動物たちが金太郎のところにやってきて、目を輝かせながら言いました。
「金太郎、向こうの山に美味しい栗がたくさん実っているよ。みんなで栗拾いに行かない?」
「それはいいね!みんなで行こう!」
金太郎と動物たちは楽しそうに栗拾いに出発しました。ところが、いつも通る小川にかかっていた橋が、先日の大雨で流されてしまっていました。
「どうしよう、橋がないよ」とうさぎが困った顔をしました。 「泳いで渡るには流れが速すぎるなあ」とタヌキも首を振りました。
でも金太郎は慌てることなく、周りを見回しました。すると、川のそばに大きな木が一本立っているのが見えました。
「大丈夫、僕に任せて!」
金太郎は大きな木に向かって歩いて行くと、両手でしっかりと幹を抱きかかえました。そして力いっぱい押すと、大きな木がゆっくりと川の向こうへ倒れて、立派な橋ができあがりました。
「すごいや、金太郎!」
「これで向こうへ渡れるね!」
動物たちは大喜びで、新しい橋を渡って向こう岸へ行きました。
川の向こうには栗の木がたくさんあり、地面には美味しそうな栗の実がいっぱい落ちていました。みんな夢中になって栗拾いを始めました。
「わあ、こんなに大きな栗!」
「こっちにもたくさんあるよ!」
しかし、みんなが栗拾いに夢中になっていると、茂みの奥から大きな影がのそり、のそりと現れました。それは山で一番大きくて強い熊でした。
小さな動物たちは震え上がりましたが、金太郎は少しも怖がりませんでした。そして、熊の方をまっすぐに見つめて、静かに近づきました。
「熊さん、僕たちはただ栗拾いをしているだけなんだ。みんなで仲良くできないかな?」
しかし、熊は金太郎の言葉を聞こうとせず、大きく吠えながら立ち上がりました。金太郎は仕方なく、熊とがっぷり四つに組み合いました。
山で一番強い熊が相手では、さすがの金太郎もなかなか勝負がつけられません。でも動物たちの応援の声を聞いて、金太郎は心の中で思いました。
「僕は熊さんを倒したいわけじゃない。みんなを守って、熊さんとも仲良くなりたいんだ」
そこで、金太郎は力任せに戦うのではなく、腰を入れて一番の力を出し、熊を持ち上げて、やさしく地面に座らせました。
熊は初めて誰かに持ち上げられたものですから、目を丸くして金太郎の方を見ました。
「熊さん、僕たちは君の住処を荒らしに来たんじゃないよ。一緒に栗拾いを楽しもう」
金太郎の優しい気持ちが伝わったのでしょうか。熊はずっと驚いた様子でしたが、やがてゆっくりと頷きました。
「君は本当に心の強い子だね。こんな優しい気持ちで立ち向かってくる人間は初めてだよ」
こうして熊も金太郎の仲間になりました。みんなで協力して栗拾いをすると、一人では集められないほどたくさんの栗が集まりました。
帰り道、金太郎は集めた栗をみんなで分け合いました。動物たちにも、新しく友達になった熊にも、そして、もちろんお母さんの分も忘れませんでした。
家に帰ると、お母さんは金太郎と動物たちが持ち帰った栗を見て、驚きました。
「まあ、こんなにたくさん!みんなでよく頑張ったのね」
「お母さん、今日は新しい友達もできたんだよ。熊さんと仲良くなったんだ」
金太郎は今日あったことをお母さんに話しました。お母さんは金太郎の話を聞いて、とても嬉しそうに微笑みました。
「金太郎、あなたは本当に強い子ね。それも、身体の強さだけじゃないわ。相手を思いやる優しさが、一番大切な強さなのね」
その夜、金太郎の家では美味しい栗ご飯とお味噌汁の夕食ができました。動物たちも熊も一緒に、みんなで楽しく食事をしました。
それからというもの、足柄山にはいつも楽しそうな笑い声が響いていました。金太郎は心と身体、両方の強さを身につけて、すくすくと成長していきました。
そんなある日のこと、都から立派な武士がやってきました。その武士の名前は源頼光といい、優れた武士を探して旅をしていました。
源頼光は金太郎の噂を聞いて足柄山を訪れたのです。頼光は金太郎が動物たちと楽しそうに遊んでいる様子を見ながら、金太郎のお母さんに話を聞きました。川に橋をかけた話や大きな熊を手懐けた話を聞いて、頼光は感動しました。そして、金太郎を側に呼んで、話しかけました。
「金太郎よ、君の強さは本物だ。そのような人こそ、本当に人々を守ることができる武士になれる。都に来て、私と一緒に人々のために働いてみないか」
金太郎はお母さんと動物たちのことを思って、しばらく悩みました。しかし、お母さんは優しく言いました。
「金太郎、あなたはもう立派な男の子よ。今度は山を出て、もっと多くの人たちを助けてあげなさい。お母さんも動物たちも、いつまでもあなたを応援しているわ」
こうして金太郎は源頼光と一緒に都へ向かうことになりました。別れの日、金太郎はお母さんはもちろん、仲間の動物たち一人一人と抱き合い、また必ず会うことを約束しました。
都で金太郎は、坂田金時という新しい名前をもらい、源頼光の家来として人々を守る仕事に励みました。強い身体と優しい心で、悪い鬼を退治し、困っている人を助け、やがては立派な武士になりました。
そうして金太郎は、のちに「源頼光四天王」という、都で最も信頼される四人の武士の一人に数えられるようにまでなりました。
時々、金太郎は故郷の足柄山を訪れては、お母さんには都のお土産を持ち帰り、動物達には旅の土産話をしてやりました。お母さんは、そんな息子の立派な姿を見て嬉しそうに微笑みました。
金太郎は、故郷でも都でも、みんなに愛される人になりました。山からは今でも時々、金太郎の笑い声が聞こえてきます。
おしまい
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