宝探し

あの時の宝探し

 

夜咄頼麦

 

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この文章の著作権は夜咄頼麦に帰属しますが、朗読についての著作使用権は解放しております。声劇、朗読ライブ、そのほか音声表現活動などで自由にお使いください。

その際、以下の、この台本のURLを作品などに掲載していただきますよう、お願い申し上げます

https://ryemugi.com/entry/treasurehunt

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プロローグ

「降ってきましたね」

公園の地図を眺める彼の白い傘越しに声をかける。

瞬間、驚きと緊張に息を呑む様子が伝わってきた。

静かな雨の降る、運動公園の池のほとり。

これが私たちの出逢いだった。

予感

急な思いつきで家を飛び出した私は、車窓越しに流れる田園風景を見ながら、胸の高鳴りを抑えていた。

何かが始まる予感がする。

我ながら、楽しいことになりそうだ。

季節は春。

誰もが新しい生活の変化に、どこか期待をしながらも、何変わらぬ日常を送る季節。

学生時代は、わかりやすく進学や就職の切れ目があって、私だって春になると心を躍らせる人間の一人だった。

それも、社会人が板についてきた今となっては昔の話。

出逢いと別れの季節とは使い古された表現だが、この歳にもなると、いちいちの変化に気を取られなくなってくる。

毎度反応していたら、ただでさえ逼迫している現場では頭の処理が追いつかなくてやっていられない。

自分を守るためには、鈍感になる必要があった。

そんな私がどうした風の吹き回しだろうか、今日は突発的な思いつきに任せて電車に揺られていた。

本当に何かが変わるのかも知れない。

きっかけ

目的地の運動公園は池の周りに並ぶ桜が有名な花見スポットだ。

こんなご時世になっても、この時期になると気分の転換を図りたい人々が訪れる場所だが、今年も、控えめに新しい季節を楽しむ人々がチラホラ見られるだけで、以前と比べると随分と活気がなくなってしまったように思う。

もっとも、以前のような馬鹿騒ぎがなくなったことは、むしろ喜ばしいことなのかもしれないが。

今日は私の他に、もう一人だけこの地にやってくる人がある。

まだ名前も知らない彼とは、つい二週間ほど前から連絡を取り合っていた。

きっかけはオンラインの飲み会。

ネット上のコミュニティで募集されていたものに、気晴らしになるかと参加したところで知り合った。

飲み会の会話を取り仕切るような中心的な人物は、オフラインでもオンラインでも存在するが、私たちは二人ともそんなタイプではなく、粛々と静かに飲んでいた。

皆の馬鹿話を聴きながら、画面の隅でひっそりと日本酒を飲んでいた彼に、どこか似たものを感じて、コンタクトを取ってみた。

かなり酔ってしまっていたので記憶は定かではないが、その後二人だけで二次会を行い、ああいう人は見栄を張りたいだけだとか、日本酒以外はお酒じゃないとか言い合って、意気投合したことを覚えている。

以来、時折オンラインで話をするくらいの仲になり、つい昨日、彼がここに花見に来ると聞いて、私もこっそり来てしまったのだ。

会う約束をしたでもないのに、私は何をしているのだろう。

計画

駅を降り、運動公園を目指す。

空は相変わらずの雨模様で、私はカバンから、愛用の黒い折り畳み傘を取り出した。

つい昨日の会話で、彼が雨予報を嘆いていたことを思い出す。

彼の沈んだ声色に、味気ない花見になってしまってほしくないと、私はできることを考えた。

そこで思いついたのが、宝探しだ。

私の好きなお話に『星の王子さま』というお話がある。

フランスで生まれた超名作で、その物語の一節に、宝の隠されたお屋敷のお話があって、私はこのお話が大好きだった。

どこかに宝物が隠されていると知るだけで、その場所は途端に心躍る場所になる。

大切なものは、目に見えない。

あいにくの天気で、爽やかなお花見はできないかも知れないが、彼にはそんなワクワクをプレゼントしたかった。

彼よりも早く着いて、ささやかな宝物を隠し、その手がかりを彼に伝えて、そのまま去る。

これが私の計画だった。

焦り

しかし、物事はそう易々とうまくいかないように出来ているらしい。

私が運動公園に到着したとほぼ同時に、彼から、公園の写真が送られてきた。

まずい。

宝物を隠す前に彼が帰ってしまうかもしれない。

私は焦って、電車で隠し場所に決めていた噴水を目指して、一目散に駆け出した。

彼からは、呑気に散歩をしている様子が送られてくる。

同じ公園に彼がいることも不思議な感覚ではあったが、それを楽しむよりも焦りの方が勝っていた。

なんとか噴水前に宝物を隠して、彼に手がかりの写真を送った。

彼から驚きの反応が返ってくる。

どうにか、彼のいるうちに隠すことができたらしい。

これで任務は完了だ。

すぐに帰るつもりだったが、完全に息が上がってしまっていたので、彼が宝物を探し出すまでは、近くの東屋で休むことにした。

宝探し

数分後、彼から発見の知らせが届いた。

宝物の中身はささやかなものだったが、どうやら楽しんでもらえたようだ。

喜びと感謝のメッセージが送られてくる。

計画した甲斐があったというものだ。

さて、帰路につこうかと立ち上がった矢先、思いがけないことが起こった。

手元の画面に「会ってみたい」と書かれている。

これは完全に想定外だった。

思いつきで出かけてきたから、ろくにメイクもしていないし、服に頓着のない私は全身黒ずくめだった。

とても、お会いできるような状態ではない。

彼は私を探して、池の周りを歩き始めたらしい。

まずい、まずい、まずい。

ひとまず歩き回って、彼が諦めてくれるのを待とう。

私は、池を左回りに歩き出した。

かくれんぼ

彼は全然諦めてくれなかった。

歩きながら周囲を観察しているうちに、おそらくあの白い傘が彼だろうという気がして、私は常にその傘に対して池を挟んだ反対側を歩いていた。

真っ直ぐに歩いていたかと思えば、急に引き返したり、池に浮かぶ鴨の写真を撮ったり。

彼の動きに合わせて、見つからないように位置取るのは結構難しかった。

帰ってしまえばいいではないかとも考えたのだが、いつしか、このかくれんぼが楽しくなってしまって、ニヤニヤしている自分がいた。

少し写真で手がかりを送っては、少し先に進んで様子を見る。

少しして彼から、楽しさと悔しさの滲むメッセージが送られてくる。

白い傘が写真と同じ位置に歩いていくのを見ては、私はいたずらっぽく、くすくすと笑っていた。

思えば、こんな気持ちはいつ以来だろうか。

社会人になって鈍らせていた感性が、刺激的な展開に声をあげている。

楽しい、楽しい、楽しいぞ、と。

まるで、幼い頃に戻っているようだった。

出逢い

結局、そうやって一時間ほど二人で池をぐるぐると歩き、ついに私は観念した。

ここまで楽しい時間を過ごさせてもらったのだから、一声かけるのが礼儀だと思った。

彼が立つ、池の向こう側の看板に向かう。

彼は公園の地図と写真を見比べて、頭を悩ませているようだった。

木立を抜けて進むと、白い傘が近づいてくる。

一歩踏みしめるごとに、心臓の鼓動がどんどん高鳴っていく。

もし、違っていたらどうしようと思い、一言、メッセージを送る。

「傘白いですか?」

返答が来なかったので、私はそのまま声をかけた。

「降ってきましたね」

瞬間、驚きと緊張に息を呑む様子が伝わってきた。

心臓の鼓動で、雨の音も聞こえない。

彼は、振り向かずに傘の角度を維持して、そのまま私の隣まで後退した。

傘越しの会話。

思いがけぬ出逢い。

ただただ、楽しい時間。

初対面のはずなのに、彼と一緒の空間は、不思議と居心地が良かった。

何かが始まる予感がする。

確かな想いを胸に、二人で東屋を目指して歩き始めた。

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2 件のコメント

  • あの、東屋に 腰掛け 思い巡らせた 話のキーワードを言う。
    あなたは その 答えを どう 切り返したらいいのか …
    ほんとは こたえは 心に
    出ているのに…

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