二つの影
夜咄 頼麦 作
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この文章の著作権は夜咄頼麦に帰属しますが、朗読についての著作使用権は解放しております。YouTubeでの朗読、声劇、そのほか音声表現活動などで自由にお使いください。
その際、この原作ページのURLを作品などに掲載していただきますよう、お願い申し上げます。
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「もう、ぜんぶいやだ!」
メロは、家をとび出しました。うしろからお父さんとお母さんの心配そうな声がきこえます。でも、メロはふり返らずに砂浜まで走ってきました。かたむいた太陽が先の方に影をつくります。メロは波打ち際まで来て、足を止めました。
メロはひつじの男の子です。海沿いに並ぶ松林の家に、家族四人で暮らしています。いつもは仲良しの家族のはずですが、今日は何かあったようです。
「父さんも母さんも、メルのことばっかり!ぼくだけ、ひとりぼっちだ」
メロは波が引いたあとの湿った砂に足あとをつけながらつぶやきました。 メルというのは、少し歳のはなれたメロの弟です。まだ生まれて三年ほどで、両親には大変可愛がられておりました。
メロだって今までたっぷり可愛がられて育ったのですが、お父さんもお母さんも、最近はどうしても弟にかかりきりでした。あまり遊んでもらえなくなったメロは、なんだかおもしろくないような気がしておりました。
メロはお父さんとお母さんの一人目の子供でしたから、それはそれは大切にされました。食べたいものはなんでも食べさせてもらえましたし、行きたいところにはどこへでも連れて行ってもらえました。
おじさんやご近所のみなさんも、メロのことを自分の子供のように愛してくれました。世界は自分に優しいと信じていたメロにとって、弟の誕生は理解することがむずかしい大きな変化だったのです。
「どうして、みんなメルばっかりなんだ。この、もやもやした気持ちはなんだ」
メロは、桜色の貝がらを踏んづけました。貝がらは半分砂に埋まって、ちょっと苦しそうにメロを見上げました。メロは貝がらをかわいそうに思って、元に戻してあげたあと、座りこんで海を眺めました。
メロの家からすぐのこの海は、内海になっていました。遠くの沖の方で何やら水がふき上がっているようです。よく目をこらすと、さらにずっと向こうには陸地が見えました。
お父さんの話では、向こう岸には広大なサバンナが広がっていて、自分たちよりも遥かに大きな動物たちが住んでいるということでした。
メロは、もやもやした気持ちになると砂浜で海を眺めることにしていました。まだ行ったことがない場所のことをあれこれ空想して、冒険を夢見るのです。
いつもなら、そうしているうちに気分が明るくなるのですが、今日はなかなか気持ちがおさまりません。メロはうつむいて、ひづめで砂をいじりました。
「このもやもやした気持ちはなんだろう。どうしたら治るんだろう。こんなままじゃ、おうちに帰れないや」 潮風にさらされた全身の毛が、少しべたつき始めました。
「どうしたんだい。さびしいのかい」
海の香りに混じって声が降ってきて、メロは驚いて顔を上げました。すぐそこの海に大きな黒いものが顔を出して、こちらを見つめています。さっき遠くの方でふき上がっていた水は、クジラの潮ふきだったようです。
時折ふき出す海水が潮風に乗ってこちらに流れてきています。メロは、もやもやした気持ちについてクジラさんに聞いてみることにしました。
「クジラさん、その、さびしいってなんですか」 クジラさんは、少しの間、目を落として考え、こう答えました。
「さびしいはね、だれかと一緒にいたいと思う気持ちだよ」
「だれかと一緒にいたいと思う気持ち…」
メロは、自分はだれと一緒にいたいのか、心に聞いてみることにしました。じーっと目を閉じて思い浮かべてみると、お父さん、お母さん、おじさんやご近所のみなさん、そして、メルの顔が浮かびました。
「クジラさん、ぼく、みんなと一緒にいたいんだ」
メルは、初めて自分の気持ちに気づきました。
「そうだね。ほら、お迎えがきたよ。わたしも帰ることにしよう」
クジラさんの見つめる方を振り返ると、家の方からメルが一人で走ってくる姿が見えました。
「にーにー!」
まだ足元もおぼつかない弟が、懸命にこちらに走ってきます。
「メル!」
メロは立ち上がり、可愛い可愛い弟の方へ走り寄りました。
「どうしたんだい、一人でこんなところまで」
「にーに…」
メルは目を潤ませながらこちらを見上げています。差し出された手には小さな松ぼっくりが握られています。メロはかがんで松ぼっくりを受け取り、弟を抱きしめました。そうです、メルもさびしかったのです。
「よし、おうちに帰って、一緒に遊ぼうか!」
「うん!」
メロは、弟の手を引いて、ゆっくりと駆け出しました。松の林からは温かい光がもれています。家に向かって砂浜を駆ける二つの影を、優しい夕日が映し出していました。
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にいにいー! 可愛いね。
私にも妹がいるから、お兄ちゃんのこの気持ち共感できます。
考えたら妹が生まれる迄の5年間、一人っ子で育ってますからね。
皆が可愛いがってくれたもの。
ある日、妹がお母さんのおっぱいを飲んでいるのを間近で見て
「これは、○○ちゃんのおっぱいだもんね~」と何度も何度も言っていたと、叔母から聞かされてましたが、
実は、この時の記憶はハッキリ覚えています!!
きっと、私はお姉ちゃんになったのだからって、自分に言い聞かせていたのだろうなあと思います。
健気やぁアタシ(^з^)-☆
いまや、3人のお母さんで、私より大人の奉分もあるけれど
やっぱり、可愛さは全然変わらない!!
いつまでも わたしの可愛い妹です。
昨日のlive終わり、二度寝用に「優しい気持ちになれる短編集」を流しました。
二つの影からスタート。
メロの心情を追い、足元おぼつかない幼いメルが走ってくる姿を思い描いて…急に込み上げるものがあり、涙が頬を伝い…。
収録から聴いていて、微笑ましい可愛い話だと笑顔になってたのに。ビックリ。
頼麦さんのお話は何度も聴き込むのが大事なのかもですね。
そこで思い出したシーンがあります。
私には5歳下に妹がいます。
私が小学6年生の時、妹は新一年生で入学してきます。
当時私の学校では、6年生が新一年生のお世話をするという
習わしがありました。
例えば、遠足の時は6年生が1年生の子としっかり手を繋いで歩くだったり。
朝、一年生の教室に行き、紙芝居などをして楽しませるということだったり。
一年生の教室は、机も椅子も小さくて、座ってる子供たちも小さいけれど、キラキラ輝く瞳で一所懸命こちらに集中してくれます。
私達にとっても楽しい時間でした。
その日も、その時間が終わり、廊下へ出ると「お姉ちゃぁ~ん、お姉ちゃぁ~ん」ってクラスの子供達の声がして、可愛いなあと振り向く寸前、もっと大きな声が後ろから追いかけて来ました。
「違う!その人私のお姉ちゃんヨー!!」って(笑)
そうです。私の妹です。
私の心に強烈に焼き付いたシーンで、妹がとても愛おしく思えた瞬間です。
後年、妹に伝えたら本人は全く覚えてなかった…とさ。