みすぼらしい王様
夜咄 頼麦 作
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もくじ
むかしむかし、あるところに、民を笑わせたものから王様を選ぶ国がありました。
毎年のハロウィンに立候補したものが、国の中央広場に特別に用意されたステージに上がり、仮装をして思い思いの芸を披露します。
ピエロの姿でおどけるもの、ブリキのおもちゃになり切るもの、仙人の姿で手品をするもの。
その中で最も民衆の心をつかんだものが、次の一年の王様になっていました。
しかし最近、立候補するものは、3人のいじわるな人間だけになっていました。
そしてその3人の仲間内の一部の投票で、毎年の王はほとんど決まってしまっていました。
おとなしい人々は、人前に出る勇気をなかなか出せず、立候補もできずに、何年も過ごしておりました。
しかし、これはあまりいいことではありませんでした。
決まっていじわるな人の中から王様が生まれるのですから、民がみんな幸せになるわけもなかったのです。
そんな3人が交互に収めるこの国は、政治もめちゃめちゃで、決めるものも決められず、幸福な国とはいえませんでした。
その上、一部の意地悪な人々が城下町で市場を開き、仲間内で富を独占していたのです。
おとなしく貧しい人たちは、日も暮れかかった頃に市場に出向き、売れ残ったものを安く買って、その日暮らしの生活をしておりました。
そういった貧しい人たちの住む街は、市場の外に広がる、貧民街と呼ばれていました。
貧民街の人々は、不満がありつつも、やはり一部のいじわるな人たちに合わせて生きるしかありませんでした。
結果、城から離れれば離れるほど、貧しい人々のたくさん暮らす貧民街が広がってしまっておりました。
そんな貧民街に一人の変わり者がおりました。
それは、貧民街の中心部の街頭の下にいつも座っていて、誰かが通り掛かったら必ず立ち上がって声をかけてくる、みすぼらしい姿の青年でした。
初めて話しかけられた人は誰でも驚きますが、貧民街の人々にとっては見慣れた光景でした。
「もし、ローラルという国を知っているかい?」
「遠く東の彼方に、海の美しい珊瑚の国があってね」
貧民街には彼の声が響いておりました。
彼は、貧民街のみんなからは慕われておりました。
なぜなら、いろいろな国を旅したことのある青年で、面白い話を聞かせてくれるからです。
山の急斜面に発展した国、海沿いで魚をとって生活する国、城壁に囲まれ戦争ばかりしている国。
彼の語る物語は、人々の目の裏に、ありありと景色を浮かび上がらせました。
街の子どもたちは、よく青年の元に集まり、彼の紡ぐ物語に耳を傾けていました。
しかし、こうした彼の活動を快く思わないものもおりました。
いじわるな王様と、その仲間達です。
彼らは、貧民街の人々が青年の元に集まって、一致団結することを恐れていました。
そこで王様とその仲間たちは、森に狩りに出るついでに貧民街を通り、青年に嫌がらせをしていました。
座っている彼に石を投げたり、唯一の荷物のバックパックの中身を路上に撒き散らしたり、ひどい悪口を言ったり。
時には、寄ってたかって暴力も振るいました。
王様の一向が過ぎ去った後には、ボロボロの青年が横たわっていました。
貧民街のみんなが心配して集まってきました。
子どもたちは青年に駆け寄って傷を拭き、大人たちはそれを見守りながら、通り過ぎて行った王様たちへの不満を囁きました。
しかし青年は、心配する子どもたちや憤る大人たちに向かって、怒ってはならない、憎んではならないと静かに諭しておりました。
さて、そんな国にも美しいお姫様がおりました。
金の髪に翡翠のような瞳をした、この国で一番美しい女性でした。
お姫様はお城の敷地の中しか知りません。
生まれてこの方、お城の中で大切に大切に育てられてきました。
しかしお姫様は、代わり映えしない景色と、毎年やってくるいじわるな王様には飽き飽きしておりました。
そこで、密かにハロウィンの準備をしている街を見に行こうと、お城を脱走する計画を立てていました。
ハロウィンの前日、いじわるな王様たちが狩りに出るのをみて、お姫様はお城から脱走しました。
お姫様は民に変装して、国の様子を見て回るつもりでした。
植え込みをつたって、長年お城に住んでいるお姫様しか知らない、秘密の出口を通り抜けます。
そうやって、衛兵たちの目を盗んで、城壁の外の杉林に駆け込みました。
杉林を抜けると、そこは城下の市場でした。
ハロウィンということもあり、市場は多くの人で賑わっております。
屋台の店先のそこここに、キャンディをいっぱいに詰めたカゴがぶら下がり、店の奥の住居の方では、怪しげにジャック・オー・ランタンが光っています。
市場はお祭りの雰囲気で活気に満ちておりました。
お姫様はその活気に驚きつつも、民の生活を羨ましく思いました。
「こんなお祭りを毎年味わうことができるなんて、この国の民はなんて幸せなんだろう。」
「あぁ、こんなことなら、退屈なお城の中じゃなくて、城下町の娘に生まれたかったわ」
お姫様はため息まじりに呟きました。
しかし、ふと、お姫様は違和感を覚えました。
確かに城下町は活気に満ちておりましたが、時折、いや何度も、耳を覆いたくなるような悪口が聞こえてきたのです。
「あそこの店のリンゴは味が薄くて食べられたもんじゃないよ」
「隣の家のガキがうるさくて眠れないんだ」
「今年の王様もまた、税金をあげるんだろうねえ」
こんな会話ばかりです。
せっかく楽しいお祭りだというのに、聞こえてくるのは悪口ばかり。
お姫様は、耳を塞いで、市場を走り抜けました。
急に、走り出した少女を見て、何人かの人が目をやりましたが、市場はまたすぐに元の様子に戻ってしまいました。
お姫様はしばらく走って、息が切れたところで手を膝につきました。
ドカドカとする身体は熱くほてってはおりましたが、お姫様の心のうちは、冷や水を浴びせられたかのように冷え切っておりました。
目をあげると、そこは、見慣れぬ景色でありました。
閑散とした路上にはボロ切れや土埃を被ったゴミが散乱し、街ゆく人々の顔色は良くないように見えます。
先程の城下町の活気とはうって変わって、重苦しい空気が漂っております。
お姫様は少し身震いをしました。
絢爛豪華なお城の中で過ごしてきたお姫様には、これまで想像もつかなかった景色が今目の前に広がっておりました。
実はこの街は、この国の大半を占める、貧民街でありました。
豊かなのはお城とその周辺の街ばかりで、その豊かさを享受できない大半の民たちは、貧しい生活を強いられているのでした。
お姫様は、初めて見る現実の世界を目に焼き付けながら歩きました。
時折、細く開いた窓の隙間から、力なく冷たい視線が向けられます。
お姫様の変装姿は市場では目立ちませんでしたが、この貧しく色のない街では、少しばかり目立っておりました。
お姫様が貧民街の中頃の街角に差し掛かったとき、不意に街灯のあたりから穏やかな青年の声がしました。
「街ゆく美しいお嬢さん、ちょっといいですか?」
声の主は、みすぼらしくボロボロな服をまとった、背の高い青年でありました。
しかも、ボロボロなのは身にまとった服ばかりではありません。
その目は腫れ上がり、あらわになっている腕などは傷だらけです。
お姫様は「お怪我をなさっておりませんか?大丈夫なんですか?」
と聞きました。
青年は「こんな傷はいつものことですから」
と明るく笑い飛ばします。
お姫様は心配しつつも、青年の目の力強さと説得力に思わずうなずきました。
それは燃え盛るような、紅色の美しい目でありました。
「なるほど。まぁ、深くは聞きません。」と青年は続けました。
「それはそうと、あなたは旅をしたことがありますか?」
突然の話題にお姫様はただ首を横に振りました。
実際のところ旅どころか、昨日まで城の中しか知らなかったわけですからね。
お姫様は好奇心から、もっと青年のお話を聞きたくなりました。
その様子を見た青年は、目をキラキラさせて語り始めます。
交易の盛んな島国、移動しながら生活する遊牧の国、森の中で精霊と言葉を交わして自然のままに生きる国。
お姫様にとっては、想像もつかないような旅の話を、青年は朗々と語りました。
お姫様は、気になったことをすぐに質問しながら、目を輝かせて青年の冒険譚に耳を傾けました。
話は弾み、この国のお話になりました。
青年は、いろいろな国を見た上で、この国はこのままでは滅ぶと言いました。
めちゃくちゃな政治に格差のありすぎる民の生活。
豊かなのは一部ばかりで、大半の民は貧しさに喘いでいる。
青年は明日のハロウィンに、王さまに立候補しようとしていることをお姫さまに伝えました。
「確かに何も変わらないかも知れません。でも挑戦することに意味があるんです」
お姫様は凛々しい青年の様子に心を打たれ、応援をすると約束をしました。
ハロウィンの日がやってきました。
この日のために特別にしつらえられた広場のステージで、次の一年の王様を決めるための催しがはじまりました。
ステージの周りを特別席の城の人々、豊かに仮装した城下町で生活する人々、少し離れて仮装もできない貧民街の人々が囲みました。
お姫様はまたお城から脱走して変装し、城下町の人々の中に紛れ込んでいました。
城下町の人たちは、
「なんでこの城下町に貧民街の人が来るのかしら」
「なんだか広場中くさくないか」
と悪口を囁き合っています。
そんな中、まずは毎年立候補する、意地悪な3人が舞台に上がりました。
それぞれピエロ、ブリキのおもちゃ、仙人の姿に仮装をしています。
「他に立候補をする方はいらっしゃいませんか」
司会のシルクハットの男が広場を見渡します。
広場は静まりかえっておりました。
お姫様は立候補をすると言っていた青年のことが心配になりました。
司会の男が「いらっしゃらないようですね。それではー」と言いかけた時、
「僕も立候補します!!」
広場の入り口から、真っ直ぐでよく通る声が響きました。
それはあの、みすぼらしい青年でありました。
広場の人々はざわつきました。
みすぼらしい青年が舞台に上がります。
城下町の人々はその姿を見て口々に叫びました。
「なんだ!あのみすぼらしい姿は!ステージに上がる資格なんかあるのか!?」
「みろ!仮装をしているのかと思ったら、ただボロボロなだけじゃないか!」
「それになんだか血を流していないか?汚らしい」
そうです。青年は身体中に傷を負っていました。
それも、昨日お姫さまがあった時よりもひどくなっている様子です。
どうやら、見窄らしい青年の立候補を快く思わない連中に、広場までやってくるのを妨害されていたようです。
しかし、一度舞台に上がったものを引きずり下ろす勇気のあるものは、誰一人としておりませんでした。
貧民街の人々からは控えめに応援の言葉がとび、それを城下町の人々は聴かないふりをしました。
いよいよそれぞれが芸を披露し、最も民衆の心をつかむ人間を決める時間になりました。
いじわるな3人が仮装した姿にあった芸を披露していきます。
たまのりピエロ、ブリキの兵隊の演奏、仙人の手品。
そしてついに、みすぼらしい青年の出番になりました。
青年はステージの真ん中に立ち、おもむろに語り始めました。
今までになかったパフォーマンスの仕方に、広場はざわつきました。
青年は日々貧民街で磨き上げてきたその語りを、存分に披露しました。
旅をして見聞きした外の国の政治のあり方。この国の現状、それを改善するための策。
ざわついていた広場が、その説得力に静まり返っていきます。
城の人間も城下町の人間も、貧民街の人間も、自分の立場を忘れてその話に聞き入りました。
しかし、急に「おい!それは芸と言えるのか!?」という声が響きました。
前の一年、王様を務めたピエロの仮装をした男でした。
「俺たちが披露したようなものを芸というんだ!お前のやっていることは芸なんかじゃない!歌えよ!踊れよ!」
その声に、他の二人の立候補した男も賛同しました。
次第に、広場にざわめきが広がっていきます。
人々はまた、青年の悪口を言いはじめました。
みすぼらしい青年は焦りました。
今日の機会を逃せば、また一年ひどい生活を強いられてしまう人々がいます。
今日の機会を逃せば、また一年この国は世界から取り残されてしまいます。
青年は力なく壇上で膝をつきました。
酷い言葉が次々に浴びせられます。
青年の目に涙が浮かびました。
その時「みんな聞いて!」よく通る美しい声が広場に響き渡りました。
悪口を叫び合っていた市場の人々の間からお姫様が現れ、壇上に上がりました。
お姫さまは広場の人々に語りかけます。
「私はこの国の姫です。訳あって、この青年のことを知っています。彼は今、彼にしかできない芸を披露していたのです。彼は普段から、街先で、人々に語りかけ、その芸を磨いておりました。そして、その語りには、この国を救うだけの知識と経験が含まれておりました。皆さんも今しがたそれを感じたはずです。彼の思う、この国の未来と、それをよりよくしていきたいという、彼の内に秘めた熱い思いを」
広場の人々は息をのんで聴いておりましたが、お姫さまの言葉に、
「確かに、そうなのかも知れない」
「この国はおかしかったのか」
という声が上がり始めました。
お姫さまは続けます。
「何を隠そう、私も彼の言葉を聞き、多くの国を見て回ったその知見に驚かされました。私は、彼にしかこの国を救えないと思っています。私は彼に、王になるための一票を投じます!」
貧民街の人々はもちろん、城下町の人々もお城の人々も、お姫さまのまっすぐな言葉と、力強く輝く翡翠の目に心を動かされました。
そうして、だれからともなくお姫さまに賛同する言葉が上がりました。
その声は広場にいたものの大半に広がり、ついにみすぼらしい青年は、みすぼらしい王様になりました。
こうして、青年と姫の収める国は次第に幸福な国となり、人々は幸せに暮らしましたとさ。
おしまい
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