さるかに合戦
夜咄 頼麦 作
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むかしむかし、あるところに、猿と蟹がいました。
ある日、蟹がおにぎりを持って川沿いを歩いていると、柿の種を持った猿と出会いました。
猿は蟹のおにぎりを羨ましく思い、蟹にこう持ちかけました。
「蟹さん、蟹さん、そのおにぎりと、この柿の種を取り替えっこしないかい」
蟹は、それを聞いて嫌そうに答えました。
「柿の種ですか。柿の種なんて、固くて食べられないじゃないですか」
猿は、どうしてもおにぎりが欲しかったので、知恵を働かせて説得しました。
「いやいや、柿の種を植えると、柿の木ができる。柿の木には沢山の実がなるだろう。今はただの種かもしれないが、うまくいけば沢山の柿を食べられるんだ。でも、蟹さんが嫌というなら仕方がないな」
「いやいや、待ってください。是非とも、おにぎりと柿の種を交換してください」
こうして、蟹はおにぎりと引き換えに、柿の種をもらって帰りました。
蟹の家には種を植える場所がありませんでしたから、柿の種は森の広場の片隅に植えることにしました。
「早く芽を出せ、柿の種。出さねば、はさみでちょん切るぞ」
しばらくすると、小さな柿の芽が出ました。
「早く木になれ、柿の芽よ。ならねば、はさみでちょん切るぞ」
しばらくすると、大きな柿の木が育ちました。
「早く実がなれ、柿の木よ。ならぬとはさみでちょん切るぞ」
しばらくすると、沢山の柿の実がなりました。
蟹は柿が実って大喜びしましたが、よく考えると自分では柿をとることができません。そこで、広場に居合わせた、先程の猿に頼んでみることにしました。
「猿さん、猿さん。おっしゃる通りに柿の種を植えたら、沢山の実がなりました。でも、実の位置が高くて、はさみが届きません。少し柿を食べていいですから、代わりにとってもらえませんか」
猿は少し考え、いいことを思いつきました。
「よし、いいだろう。代わりにとってきてやる。」
猿はするすると木に登ると、柿の実を手に取りました。そして、枝にまたがり、そのままむしゃむしゃと食べ始めました。よく熟れた実を、次々に食べていきます。
「猿さん、猿さん。私にも柿を寄こしてください」
蟹は、痺れを切らして声をかけました。
猿は自分だけ手が届くのをいいことに、蟹には、まだ熟していない青い柿を投げつけました。蟹は地面に落ちた実をかじって言いました。
「猿さん、猿さん。こんな青い柿では渋くて食べられません」
猿は面倒に思いながら、少し熟れた実を投げてやりました。蟹は地面に落ちた実をかじって言いました。
「猿さん、猿さん、こんな青い柿では渋くて食べられません」
猿はうるさく思いながら、もう少し熟れた実を投げてやりました。蟹は地面に落ちた実をかじって言いました。
「猿さん、猿さん、こんな青い柿では渋くて食べられません」
猿は苛立ちながら、仕方なく熟れた実を投げつけました。しかし、投げたところがいけませんでした。
投げた柿の実は真っ直ぐに蟹に向かい、仰向いた蟹の頭に当たりました。蟹は目を回して倒れ、猿は驚いて逃げ出してしまいました。頭に怪我をして、意識を失った蟹は、森の動物たちによって川の家に運ばれました。
さて、蟹には子どもがいました。事件から数日後、子蟹が家に帰ると、親蟹が怪我をして寝ていましたから大変です。子蟹は慌てて駆け寄りました。
「一体何があったの。ああ、頭がこんなに赤く腫れてる」
親蟹は起きたことを子蟹に話して聞かせました。それを聞いた子蟹は、嘆き悲しみました。そして、行き場のない思いを抱えて言いました。
「猿にひとこと言ってくる。そうでなければ気が済まない」
親蟹は子蟹の猛る様子を見て心配に思い、こう諭しました。
「気持ちは嬉しいよ。ありがとうね。でも、そう事を荒立てることもないんだよ。どうしても行くと言うなら、柿を取ってもらってきておくれ。大事に育てたのに、満足に食べられなかったことだけが心残りだよ」
子蟹はそれを聞いて、少し気持ちが落ち着きました。そして、親蟹の助言で友達を頼ることにしました。
子蟹は、友達の臼と蜂と栗を集めて事情を説明しました。
「そういう訳で、猿の家に行きたいのだけど、なるべく穏便に済ませたい。手土産を作るのを手伝ってくれないか」
それを聞いた三人は顔を見合わせ、口々に反対しました。臼は言います。
「猿が親御さんに柿を投げつけたって噂は森中に拡がってる。ひどいやつだな」
蜂は言います。
「今、猿の奴は森で悪者にされてる。わざわざ関わりに行くものじゃない」
栗は言います。
「お前もひどい目に合うぞ。会いに行くのは反対だし、手伝ってやれないな」
子蟹は、この一件が森中の噂になっていることを初めて知りました。そして、それでも猿と話をしに行きたいと思いました。
「そんなに噂になっているなんて知らなかった。でも、自分だってその場にいた訳じゃない。どうしても、猿から直接話を聞きたいんだ。手伝ってくれ、この通りだ」
子蟹ははさみを地面につけて頼みました。
「そうか。お前がそう言うなら」
三人の友達は、手土産づくりを手伝ってあげることにしました。
臼は仕事道具の小麦粉を頭に乗せ、蜂は大事な蜂蜜を注ぎ、栗は自分の実を削りました。そうして出来上がった栗だんごを持って、子蟹は猿の家に出かけました。
猿の家に着くと、猿は部屋の隅で小さくなって震えていました。そして、入ってきた子蟹に気づくと、さらに縮こまってしまいました。ひどく痩せ細っているように見えます。子蟹は猿の様子を見て不思議に思い、尋ねました。
「うちの親との諍いについて、話をしにきました。でも、その前に。何かあったようですが、どうかしたのですか」
子蟹は、小さく震える猿に向かって聞きました。猿は、少しの沈黙の後、小声で恐る恐る話し始めました。
「先日の親御さんとの件では、申し訳ないことをした。最初はちょっとした出来心で柿の実を独り占めしていたのだが、だんだんと気が立ってしまった。まさか、投げた実を直に当てて怪我をさせてしまうなんて。本当にすまないことをした。」
子蟹は黙って話を聞いています。
「実は、親御さんにもらったおにぎりで腹を壊し、八つ当たりをしてしまったところもあるんだ。今回のことで森の動物たちからは有る事も無い事も言われ、嫁には愛想を尽かされた。もう、森にも家にも居場所はない。全ては私の臆病な性格のせいだ。ごめん、ごめんな」
猿はだんだんと涙声になってしまいました。子蟹は、流石に猿のことを可哀想に思い始めました。このままでは、この森で生きていくことも難しいでしょう。そこで子蟹は、こう提案しました。
「話はわかりました。私自身、まだ猿さんのことを完全に許せたわけではありませんが、事情は理解しました。ならば、一緒に柿の実を取りに行ってください。とったものをお詫びの品として渡してくだされば、それで手を打ちましょう」
それを聞いた猿は、森の広場に出かけることを思い浮かべ、頭を抱えてしまいました。あの事件から、森の動物たちに嫌なことをされたり、言われたりしたのでしょう。当然の報いと言えばそうですが、もう十分過ぎる気もしました。
「私も一緒について行きますから。まずはこれでも食べて、元気を出してください」
子蟹は、手土産の栗だんごを差し出しました。猿はそれを受け取り、口にしました。数日ぶりに食べるまともな食事に、大粒の涙がこぼれます。猿は夢中で食べ続けました。
「有り難い。有り難いなあ」
その様子を見ていた子蟹も、どこか心の荷が降りたような気がしました。
猿と子蟹は、連れ立って森の広場にやってきました。猿は、多くの動物たちに見つめられながら、柿の実をいくつか収穫し、袋にまとめて子蟹に渡してやりました。そして、森の皆に向かって言いました。
「この度はお騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした。今回のことはしっかりと反省し、今後は心を改めて生きていきます。本当に、申し訳ありませんでした」
猿は深々と頭を下げました。隣で、子蟹もはさみを下げました。森の動物たちも納得したのか、散り散りに森へ帰っていきました。
その後、猿は言葉通りに言動を改め、嫁猿にも見直されました。今は心身ともに健康で、慎ましく暮らしているそうです。
子蟹は柿の入った袋を持ち帰り、親蟹に食べさせました。親蟹はそれらを美味しそうに食べ、泣いて喜びました。子蟹はその種を残しておいて、森の広場に植えに行ったそうです。
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令和の猿蟹合戦、楽しかったです。
昔話なので、子蟹は幼いかと思いきや、事件から数日後に家に帰って…という記述で、自立して1人で生活している事がわかります。
ひと言で背景を伝える台本作り 流石です。
「ひとこと、言ってたやらないと気が済まない」といきり立つ
子蟹に、親蟹が静かに制する場面など
現代に減っていて、取り戻したい親子関係や、友達に相談する事の大切さを、優しく教えられている気がしました。
手土産を3人で作るところは微笑ましい。
身を削る事を厭わない。特に栗さん。笑ってしまったけれど、
友を思う心からの気持ちの行為ですよね。
アンパンマンがちらっとよぎりました。自己犠牲…
猿から事実を聞き出す子蟹、あんなに怒っていたのに、
事情を話す猿の言葉に耳を傾ける。
銃弾を撃ち込まれたら、ロケット弾を放つ事が起こるこの世界において、話し合いで解決するというオーソドックスな
アプローチを選んだ作者。
この方法は、とっても正解だと思いました。
こういう、おおらかさ、心の余裕が、いま、とっても大事なんだと考えさせられましたよ。
頼麦さんの真意、心根が、私の解釈ですが、すごく心に沁みました。
令和の作家 夜咄頼麦さん、
またひとつ、素敵なオリジナルストーリー出来ましたね。
子ども達に読み聞かせたいお話です。
ありがとうございます。