春の名残
夜咄 頼麦 作
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桜は満開よりも散り際が美しい。映える写真を撮影しようと必死の女学生や、呑気に花見をしながら酒を飲む釣り人の横を花弁を纏った風が吹き抜ける。その風はこちらに向かい、私は思わず手を伸ばした。
何も掴めずに歩き出す前方に、私と同じように花を追う兄弟がいた。昔はああして、無邪気に風と戯れていたかな。体裁なんて気にせずに、はしゃいでいた少年時代。かつての少年は、今でも手を伸ばしている。
坂道を登っていると、大きな黒い犬が私を追い抜き、目の前でお座りをした。目を輝かせてこちらを見ている。随分と人懐こい犬だ。後方から追いついてきた飼い主の女性が言うに、工事現場の重機が怖くて勝手に走って行ってしまったらしい。留めておいてくれてありがとう、とお礼を言われた。
先に進むと、美事に咲き誇る桜の大木に行き当たった。大空に届かんと伸ばした枝の隅々まで華やかに着飾り、風に身を揺すっている。何羽かのヒヨドリが鳴き交わし、蜜の多い花を教え合っているようだ。息を呑む光景を写真に収めていると、また人の声がした。
「待ちなさい!」
見ると、例の大犬がこちらに向かって駆けてくる。そうして私の側までくると、息をあげ、目を輝かせて尻尾を振りだした。女性は言った。
「さっき会ったから、もう友達だと思っているみたいです」
「この子、なんという名前なんですか」
「リンといいます」
「リンくん。おいくつなんですか」
「まだ八ヶ月なんです。わんぱくで」
「ああ、道理で好奇心の旺盛な子だ。たくさん遊んであげてください」
言い終えるかどうかのところで、頭上の桜が大きく揺れた。思わず見上げた三者の上を、花弁を纏った風が吹き抜ける。その風はこちらに向かい、私は思わず手を伸ばした。今度開いた私の手には、小さな春の名残が収まっていた。私はその花弁を女性に渡し、淡く染まった道を歩いていった。
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桜が散る様はどうしてあんなにも魅了されるのでしょうね。
この詩の情景を思い浮かべてみると美しい映画のワンシーンのような気がします。
あの日、僕はママと一緒にいつものようにお散歩していたの
桜がさらさらと風に吹かれて、気持ちのよい日だったの
気持ちが良くて、お目目を細め少しお鼻を上げていろんな香りをクンクンしてたんだ
そしたら、お花のいい香りとどこから聞き覚えのある声が・・・独り言かな・・・
僕の聴覚をフル回転して、お耳をまっすぐにしたり、横にしてみたり
この声は、ママが夜になるといつも聴いているゆーちゅーぶのおにいさんの声にそっくりだ!
僕はいてもたってもいられなくて、ママがスニーカーの紐を直そうとして、一瞬僕のリードを緩めた時に、思わず走り出してしまったの
まるで重機の音がスタートのように
おにいさんの前に座り、全身で喜びを表した僕に一瞬びっくりした表情を見せたけど、すぐにっこり微笑んでくれたんだ
追い付いたママに、おにいさんは「たくさん遊んであげてください」って
その声で僕は確信したんだよ らいむぎさんだって
あの日、らいむぎさんがくれた桜の花びらは、ママがパウチにして心の窓という詩集にはさんでいたよ
今夜も、僕はママと一緒にらいむぎさんの声で眠るよ
おやすみなさい
なぜ私達は桜に心惹かれるのでしょう?
春を待ち焦がれる感情
閉ざされた冬を超えて
待ちに待った春の訪れ
人も動物も活気を取り戻す
でも
やっと満開になったと思ったら
雨風が強いとひと晩で散ってしまう
その命の儚さを私達は知っているから
名残惜しさを感じるのかも知れないね
こんなにも。
頼麦さんのタイトルイラスト シンプルで良いですね
桜色に花びらひとつ…が素敵なセンスを感じます。